12 罰

 そのグループ展でぼくは別れた彼女を目撃する。

 当然向こうもぼくに気づくが、一瞬はっとした表情を見せただけで、その後は動ぜずに元の表情に戻る。

 相変わらずきれいな顔だとぼくは思うが、その中に不思議な可憐さが潜んでいる。

 ぼくと付き合ってたときにはなかった表情だ。

 だから、ぼくは少し戸惑う。

 広くはないギャラリーの中で参加者たちの作品を鑑賞していれば嫌でも会話が耳に突く。

 そういった会話の中から、ぼくは彼女が参加者の一人と現在交際中であることを知る。

 彼女の相手は相当のアステカ美術好きのようだ。

 展示された彼の造形物は石粉粘土のレリーフでアステカの太陽の石(アステカカレンダー)を象ったものだ。

 吃驚するくらい緻密だが、作品を作るとき以外の彼の性格は大雑把のようだ。

 居合わせた多くの知り合いが、そう評する。

 だが、ぼくは大雑把というより細かいことを気にしない人間ではないかと感じている。

 だから、ぼくは彼が彼女に合うのではないかと直感する。

 まだ結婚する予定とかはないようだが、上手くいくなら上手くいって欲しいとぼくは願う。

 ……と同時に、手前勝手な喪失感も感じている。

 彼女がぼくの手が届かないところに行ってしまう。

 本当に思い出の中だけの存在に変わってしまう。

 そんな想いがぼくの心でざわめくのだ。

 だから、ぼくは自分の身を心配する。

 彼女が結婚してもなお、ぼくが『彼女の家詣で』を続けるのではなかろうかと……。


 妻とぼくがグループ展にいたのは三十分ほどか。

 ぼくは妻の付き合いだから顔見知りはいるが、彼女以外の知り合いはいない。

 それで少し退屈する。

 出かけて行ったのが午前十一時半頃で、何故その時刻にしたかといえば、妻の友人たちと昼食をするためだ。

 それで府中駅の近くで場所を探す。

 そういうときのぼくは役に立たないので、ただ笑顔を振り撒くだけだ。

 あるいは無難な話題で場を凌ぐ。

 自分でも不思議なのだが、ぼくは聞き上手のようだ。

 だから、ぼくに話しかける人は多い。

 結局府中駅近くのイタリア料理店が会食場所の決まる。

 けれどもスペイン料理店だったら面白いと感じたのはのは、ぼくだけか。

 そのとき一緒に食事をしたのは、妻とぼく、妻の友人とその恋人、アステカの彼とその彼女(つまりぼくの別れた彼女)、それからもう一組の参加者夫婦だ。

 アステカ文明についてぼくにも多少の知識があったので、ケツァルコアトルに関し、アステカの彼としばらく話す。

 アニメやゲーム通じて日本でも有名なケツァルコアトルだが、神話では平和の神とされ、人々に人身供犠を止めさせている。

 だが、そのためにテスカトリポカの恨みを買い、故国を追われることになる。


「夫は西森さんの彼女が気に入ったでしょ」

 食事を終え、電車で帰途に着くと妻が言う。

 西森さんとはアステカの彼の姓だ。

「そう見えた」

「うん。きれいだよね。でも神経質そう」

「確かにね。でも人は見た目じゃわからないから」

 別れた彼女について、ぼくと妻との会話はそれで終わるが、妻は何かを感じ取ったのだろうか。

 ぼくと付き合っていた頃のことだが、妻の指摘通り、彼女はかなり神経質な人間だ。


 その夜はなかなか寝つかれず、寝入ったときにはそれと気づかず夢を見ている。


「夢を見たのよ」

「どんな夢を」

「もちろんあなたの夢に決まっているわ」

「ああ、そう」

「でも夢の中でわたしが話したのはあなたの奥さん。とても可愛いのね。吃驚したわ」

「ありがとう」

「だから宮野さんがわたしを捨ててあの人を選ぶのも無理ないわね」

「それについては一言もない」

「わたしの処女まで奪っておいて」

「繰り返し、一言もない」

「それで謝っているつもりなの」

「じゃあ、なんと言えばいい」

「それはあなたが考えることよ」

「ごめんなさい」

「ふふふ。あなたのことは好きだったわ」

「ぼくもだよ」

「あなたとのセックスも良かったわ」

「ぼくもだよ。セックスの相性はすごく良かったね」

「でも性格は合わなかった」

「確かに」

「わたし、あなたとお付き合いをしているとき心がいつも毀れそうだったわ。あなたがいつ別れ話を切り出すかを心配して」

「結果的に、そういったきみの態度がぼくを今の妻との結婚に向かわせたんだと思うよ。今更酷い言い草けれど」

「うん、そうね。当時わたしはあなたを信用していなかった。今ならわかるわ。でも、あの頃はまったくわからなかった」

「ごめん、辛かっただろう」

「ええ、かなりね」

「面目ない」

「でも赦してあげる」

「本当に」

「だけど罰も与えないと」

「ああ、受けるよ」

「今のわたしの彼はすごく良い人で」

「わかるよ」

「わたしが話したから、あなたとのことも知ってるわ」

「そうか、気がつかなかったな」

「だと思ったわ。暢気に神話の話をしていたから」

「それで」

「わたし、もう年も年だし、近々彼と結婚するわ。それを承知であなたにはわたしが抱けるかしら」

「嫌だよ、無理だ」

「じゃあ、赦してあげない」

「他の手はないの」

「会社の女の子には手を付けても昔の彼女は抱けないのね。三十女だから」

「そんなことはないけど、でも何で知ってるんだ」

「たまたまね。やっぱりそうなんだ」

「もしかして静岡にいたとか」

「奥さんには思えなかったし」

「勘弁してくれよ」

「いいえ、加減勘弁して欲しいのは、わたしの方だ。さあ、あなたが決めなさい。わたしを抱いてわたしに赦してもらうか、それともこのままわたしに恨まれてつつ生き続けるかを」

「まいったな」

 そして今、目の前のベッドで安らかに眠るこの女はいったい誰だ。(了)

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不倫の季節 り(PN) @ritsune_hayasuki

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