11 詣

 早朝といっても朝五時半だが、目を覚まし、起きる。

 おおよそウィークデーと同じ時刻だ。

 朝食は取らずに水分だけを補給し、いつもの休日ならばウォーキングとなるが、その日は電車に乗り、別れた彼女の家に向かう。

 電車を乗り継ぎ、約一時間後に南武線・武蔵溝ノ口に到着だ。

 そこから十分ほど離れた彼女の家をゆるゆると目指す。

 その間脳裡に、そういえば井芹さんからマンションがある場所を聞かなかったな、と思い出す。

 訊く気はなかったが、実はこの近くにマンションがあり、偶然出会ったら嫌だなとふと思う。

 もっとも彼女は朝が弱いようだから現れそうな気配はないが……。

 別れた彼女の家が建つ敷地内には駐車場とアパートがある。

 敷地の広さは六百坪強といったところか。

 ほぼ四角いその敷地内に木造及び鉄骨の二階建アパート計三棟と同じく二階建の母屋が建つ。

 それらが敷地の四隅を占めている。

 彼女の家は敷地の右手奥(地図で言えば北で左側)、隣が神社となる細い坂の側に立っている。

 だから、その坂を上れば一階を見下ろす景色となる。

 ぼくと付き合っている頃は、やはり坂側の木造アパート二階の一室にも部屋を持つ。

 今思えば怖いが、隣接する母屋に住む彼女の家族の目を盗み、そこで関係したことさえあったのだ。

 そんなことを思い出しながら、ぼくは歩みを進める。

 遂に彼女の家……というか敷地内のアパートが見えるところまで来て吃驚する。

 何故ならアパートがなかったからだ。

 もちろん災害などで潰れたわけではなく、建て替えのためだろうが、嘗てアパートが建っていた場所はまだ更地だ。

 その分、敷地内の見通しが良くなっている。

 道なりに進み、母屋を眺めつつ通り過ぎる。

 思った通り彼女はいない。

 午前七時近い時刻だから家の中で起きているのか、それとも休日だからノンビリと寝坊でもしているのか。

 ぼくが彼女の家詣でを続けたこの三年、彼女の姿を一度も見かけないのだから、実はこの家にはいないのかもしれない。

 これまで何度かそう思っている。

 彼女の実家は間違いなくこの家で親戚も神奈川県内に多いが、奈良にも親戚があると聞いている。

 元を辿ればそちらが本家で、家同士は仲が良く、子供の頃には親に連れられ、学生時代には一人で遊びに行ったと直接聞く。

 推論の根拠としては心許ないが、彼女がそちらにいる可能性は否定できない。

 アパートと駐車場から得られる家賃収入がいったいどの程度なのかぼくには見当もつかないが、贅沢をしなければ彼女一人くらい彼の地で食べさせることができるのではないか、とぼくは思う。

 そんなことを考えながら適当なところで道を引き返し、今度は母屋の側の細い坂を上る。

 かなり急勾配でまともに上れば息が切れる。

 ぼくは何度も彼女の家を振り返りながらゆっくりと上る。

 見る人が見れば間違いなく不審者だが、これまでそう思われたことはないようだ。

 それともぼく自身がそう感じているだけで、地元では事案となっているのだろうか。

 そのまま坂を上り抜け、別ルートで駅まで歩く。

 何人かの人たちと擦れ違うが、その中に彼女や井芹さんの顔はない。

 帰りは東急・田園都市線に乗り、三軒茶屋駅に向かい、そこで降りる。

 家までウォーキングをするためだ。

 暑い日ではないが、家に帰るまでには汗だくになるだろうと予想する。

 途中で猫写真を数葉撮りつつ、午前十一時前に帰宅。

 それまで来ていた物及びその日の洗濯物(色柄物/非オシャレ洗い)を洗濯機に入れ、抗菌剤入り液体洗剤と香り付けビーズを加えてスイッチを押し、本人はシャワーを浴びる。

 土曜日の洗濯はぼくが担当だ。

 色柄物が終われば非色柄物を洗う。

 真夏になると量が多くて大変だが、この季節ならば二回で済む。

 妻に余裕があり、週内の夜早くに洗濯ができれば一度に洗う量がかなり減る。

 ちなみにシャワーから出て身体を拭うタオルが非色柄物なので、どうしても色柄物が先になる。

 だから色のない下着のときは、それを洗濯網に入れ、一緒に洗う。

 ぼくが履くブリーフの色は薄青か紺か濃い灰色なので一応色物と判定している。

 生地を考えると微妙だが、大らかな妻は気にしない。

 洗濯を終えると妻と食事だ。

 日によるがぼくが作るか外食する。

 その日は蕎麦を食べに行く。

 ぼくはとろろ蕎麦、妻は鴨南蛮を注文する。

 食事を終えて家に帰り、銘々勝手に午後を過ごす。

 ぼくはベッドで読書をするうちに寝てしまう。

 それから夜になり、ぼくが夕食を作る。

 土日の夕食は、ぼくが担当だ。

 外食で済ますこともあるが、その日は煮魚を作るろうと決める。

 葉物以外の付け合せにはとろろ芋を選ぶ。

 ぼくの定番メニューかもしれない。

 一部は千切りにするが、それがメインではなく、厚く輪切りにした部分をガスレンジでじっくり焼く。

 両面が程好く焼けたら焼海苔を巻き、輪切りが二ヶ乗った同じ皿に千切りを添えて完成だ

 食べるときには適量のポン酢を注す。

 妻も好きな一品で喜んで食べるが、自分では作りはしない。

 山芋やとろろ芋が苦手なせいだが、ぼくの簡単料理ならば平気らしい。

 夕食が終われば、その先も銘々勝手に時を過ごす。

 一緒に何かをすることもあるが、最近の土曜日は大抵そんな感じだ。

 翌日の日曜日は妻の友人も参加している粘土教室メンバーのグループ展を府中の小さなギャラリーまで見に行く予定となっている。

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