6 相

 正直言って、ぼくはモテない。

 だから付き合った女性の数も多くない。

 けれども数にして百人か千人に一人、ぼくのことを好きになる女性がいる。

 その女性たちのすべてをぼくが気に入るわけではないが、それでも口説けば落ちるだろうと知っている。

 逆に普通の女性にぼくが恋すれば、まず振られるのが現実だ。

 それでも半年付き合った女性はいるが、最後に、「やはりあなたとはダメ」と言われて破局する。

 そんなことの繰り返しで人生の前半がノロノロと進む。

 井芹さんを入れても彼女と呼べる女性は五人しかいない。

 その中でも別れた彼女は特別だ。

 第一に、彼女はぼくを好きになるタイプではない。

 第二に、ぼくが口説いて上手く行くタイプでもない。

 それなのに一年近く付き合ったのだ。

 彼女が臆病だったのでセックスをしたのは最後の一ヶ月だけだが、その相性もぴったりだ。

 もっとも縁なく別れたので、その点について例外ではないが、振ったのが彼女ではなく、ぼくの方という変則。

 恋愛に至る前のお試し期間ならば、ぼくにも女性を振った経験はあるが、正式な彼女と認め、月日を過ごした後に女性を振った経験が他にはない。

 まあ、ぼくは性格がアレだから気づかないうちに誰かを傷つけたことはあるかもしれないが……。

 それに関しては許しを乞おう。

 後に誰かから教えられれば話は変わるが、自分で気づけなかった行為に責任は取れない。

「井芹さんは可愛いから昔からモテたでしょ」

「それが、そうでもないのよ」

「理由は何……。性格が悪いから」

「失礼ね。でも結局、そうことになるのかな」

 フロントクラークに場所を聞き、ホテルから三〇〇メートルほど離れたバーに二人で入る。

 深く考えることなくマンハッタンとマティーニを頼み、それらを舌の上で転がしながら会話する。

 お腹は空いていないので時折キスチョコを口中に放り込みながら……。

「宮野さんはモテる感じはしないわよね」

「はっきり言うなあ。まあ、そうだけど」

「でも、好きな人はいるよね。矢吹さんとか……」

「人妻だよ」

「でも宮野さんは好きじゃないでしょ」

「……というより、好きでも嫌いでもないな。仕事仲間としては最高だけど」

「宮野さんがボケならツッコミね」

「いや、リベロだろ。ぼくがミスしたボールを拾ってくれる」

「宮野さんって頭いいのに書類書きが苦手よね。経理に嫌われてるでしょ」

「うん。今回は額が多いから別だけど、外勤しても電車賃を請求しない。伝票を書くのに時間がかかり過ぎるし、書き直せと何度も戻ってくるから」

「貧乏になるわよ」

「じゃあ、代わりに井芹さんが書いてくれない。半分あげるから」

「全額なら手を打とうかな」

「それじゃ、ぼくにメリットがないじゃん」

「いいのよ、わたしにメリットがあるから」

 そんなどうでも良い話を愉しみ、時間を過ごす。

 それでもまだ夜の十時前だ。

 だが……、

「明日もあるから、そろそろ帰ろうか」

 とぼくが水を向けると、

「そうねえ」

 と目を蕩けさせつつ、井芹さんがこんなことを言う。

「宮野さん、わたしの部屋に来たくない」

「つまり来て欲しいわけね」

「そうでもないけど、宮野さんが来たいのならOKよ」

「ならば、お邪魔しますか」

 それでバーを出て夜の町を歩く。

「ところで井芹さんは旦那さんには電話をしたの」

「宮野さんに電話をかける前にね」

「そう」

「あの人料理が上手いから自分で好きなものを作ってたみたい。それで無事だけ伝えて終わり」

「あっさりしたものだね。まだ新婚なのに……」

「付き合いが長いから、そんな感じがしないのね。まあ、恋人の関係になったのは最後の一年だけど」

「劇的な何かがあったとか」

「そんなのはドラマの世界だけよ」

「不仲にならなければ、それで御の字だと」

「好き嫌いを越えた必然かな」

「ぼくの場合は周りが進めたけど、でも確かに必然感はあるな」

「今はどう」

「もっと強い力を感じる」

「わたしも……。宮野さんもわたしもいけない人ね」

「世間の常識で括ればね」

「そんなのは自分から何もできない人の戯言よ」

「ぼくだって似たようなものさ」

「だってここにいるじゃない」

「井芹さんだって、ここにいるよ」

「そういうことか」

「そういうこと」

 ホテルのエントランス前は明るいが暗い。

 いや、暗いが明るいと言うべきか。

「部屋は何階……」

「五階の514」

「この先、ラッキーナンバーになるかな」

「わたしはそういうことは信じないの」

「らしいね」

「でしょう」

 そしてエレベーターに乗り、降りて、部屋に着く。

 井芹さんがフロントで貰った鍵で錠を開ける。

「少し疲れたわ」

「ぼくもだ」

 ドアを閉めてベッドに座り、言葉を交わし、見詰め合う。

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