3 歴

 機会を逃すと難しくなるからと双方の親に説得され、ぼくが幼馴染の女性と結婚したのが四年前だ。

 その生活に不満はないが、妻との結婚前に愛した女性がぼくにはいる。

 彼女にとっては酷い仕打ちだが、身体の関係があったにも拘らず、ぼくは彼女と別れてしまう。

 三歳年上だったが、前の会社で恋人候補に振られたのがきっかけで恋に臆病になったらしく、ぼくと結ばれたときにはまだ処女だ。

 つまりぼくが彼女の最初の男だったわけで、まずそれが申し訳ない。

 容姿がとにかく綺麗な女性で、服を脱がせてもそれは変わらず、ぼくは得をした気分になる。

 ……というのは当然そうではない例をぼくが知っていたからで、女性の裸は外から見ただけではわからないとつくづく思う。

 それはともかく最後は「悪魔」と罵られ、ぼくは彼女に別れを告げる。

 妻と結婚する半年前のことだ。

 それ以降も何度かぼくの携帯に無言電話がかかるが、やがてそれもぱったりと止む。

 毎回『公衆電話』と通知されたことが今思えば怖い。

 彼女の性格からして無理だとは思うが、ぼくの部屋があるアパートの近くからかけているとも想像できたからだ。

 その彼女の住む家の最寄駅は南武線の武蔵溝ノ口駅だが、同じ武蔵溝能ノ口駅(東急東横線の場合は「溝の口駅」)が結婚後の井芹さんの最寄駅でもある。

 未練といわれれば確かにそうだが、ぼくは別れた彼女が忘れられない。

 もちろん分別はあるので二度と会うつもりはないが、その姿をまた見たいと想う心は隠せない。

 隠したい相手は、もちろん自分一人。

 だから、ぼく自身が精神崩壊するか別人格を作り上げるかでもしない限り想いを隠すのは不可能だ。

 それで月に約一回の割合で彼女の家を眺めに行く習慣ができる。

 妻と結婚して一年が経ち、それが始まる。

 別れた彼女は最初処女だったが、その一回目からセックスの相性がぼくと完全に一致する。

 一方、妻とぼくはそれがほとんど一致しない。

 ぼくがしたいときに妻がそれを望まず、逆に妻がしたいときにぼくがそれを望まないからだ。

 もっとも、それが原因で喧嘩になることも互いに機嫌を損ねることもないのだが……。

 けれども当然の帰結として、やがてセックスレスとなる。

 しかし、どちらも子供を持つ気がないので気にしない。

 そんな関係が現在に至るまで続いている。

 セックスに関してはそんな状態のぼくと妻だが、仲はとても良い。

 幼いときから相手を知っているので気心が知れているのが、その主たる理由だろう。

 何を言えば怒り、何を言えば嬉しがるかを二人は互いに知っている。

 またどんな態度をとれば相手が苛々し、どんな態度を取れば朗らかになるかを理解している。

 確認したことがないので、ぼくの推測でしかないが、妻は踏み込んではいけないぼくの領域を知っている。

 当然ぼくも――あくまで推測の範囲内だが――、それを心得ている自信がある。

 一緒に暮らしていて楽なのは、そういった二人の類似性と配慮のお陰と思える。

 この先互いに年を取り酷い喧嘩をする可能性はいくらでもあるが、ぼくにはそれがとても非現実的に感じられる。

 片づけができないなど数々の欠点はあるが、ぼくは妻を愛している。

 逆に妻にとって多くの欠点を抱えているはずのぼくだが、妻もぼくを愛している。

 けれども、そういった愛と別れた彼女への未練は別なのだろう。

 二度と抱くことはないと思えば彼女とのセックスが極めて美化されて感じられても不思議はない。

 妻には罪悪感を感じるが、それが自分の正直な心の動きだから仕方がない。

 それで現在に至るもぼくは別れた彼女の家を訪れる……というか遠くから見遣る行為を繰り返す。

 いつしか自分でそれを『詣で』と呼ぶようにさえなっている。

 その詣でに向かう際、ぼくは井芹さんと出会ったのだ。

 井芹さんの実家は武蔵溝ノ口(溝の口)駅近辺ではないので、すでに夫となる予定の人と一緒に暮らしていたのだろう。

 ぼくが別れた彼女の家を詣でる日時は一定ではないが、金曜日の会社帰りとなることが多い。

 休日を割くこともあるが、当時は仕事が忙しく、家で倒れていた記憶がある。

 それであの日、会社帰りに彼女の家を詣でたのだろう。

 ちなみに彼女の家の近くには本当に神社があり、時期が合えば、ぼくはそこで茅の輪くぐりをする。

 これまで何年間も彼女の家詣でを続けているが、彼女の姿を見かけたことは一度もない。

 だからぼくと彼女にはつくづく縁がなかったと思うが、そういう関係もあるだろう。

 枝垂れ桜で有名な久地円筒分水下流側の二ヶ領用水脇の道をぼくが歩いていると背後に気配がある。

 ぼくが振り向く前に「宮野さん」と声がかかり、気配の正体が自転車に乗った井芹さん……というか結婚前だから持田さんと知れる。

 井芹さん(持田さん)は会社の行き返りに自転車を使う。

 つまりぼくたちの勤める会社が武蔵溝ノ口(溝の口)駅から近いところにあるということだ。

 自転車に乗る井芹さん(持田さん)の姿をぼくは何度か目撃している。

 だが、これまで井芹さん(持田さん)がぼくの姿に気づいたことはないはずだ。

 あの夜は逆にぼくが井芹さん(持田さん)に発見され、ぼくの方がそれに気づかない。

 井芹さん(持田さん)が自転車を降り、それを手で押しながら、ぼくと並んで歩く。

 井芹さん(持田さん)の口癖「おつかれでーす」の後にぼくは自分が何を喋ったか覚えがない。

 しかし約五分の間、間違いなく何かを喋っている。

 どうせ他愛もない内容だと思うが、思い出せないとなると気にかかる。

 だがあの夜は執着もなく、互いに「じゃあね」といい交わし、別れている。

 井芹さん(持田さん)が去る自転車の後ろ姿をいつまでも追いかけるような真似はしない。

 その翌々日の日曜日が井芹さん(持田さん)の結婚式だと後にぼくは知るが、井芹さん(持田さん)はあの夜一言もそれを口にしない。

 こちらも知らないのだから訊くはずもない。

 けれども何故か甘い香りをぼくは井芹さん(持田さん)から感じている。

 すぐに手を伸ばして抱きしめたいというところまでは行かないが、やがてこの人と一緒に朝を迎えるのではないかという遠い予感だ。

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