第713話 第2章 5-2 トリ=アン=グロスの効果

 「アッ!」


 二人が叫ぶ。マラカがいっぺんにその振りかざした両手へ質素な鎖帷子付きの装束を出し、それを服の上からまとうや周囲の景色へ融けこんで消えてしまった!


 「ガリアが!」

 あわててマレッティ、手をブンブンするが何も出ない。

 「どおなってんのよお!?」


 「コツがあります。いつものように、さも出て当然と思うのではなく、こう……タメをつくって一気に出す感じで」


 空中へポッカリと顔だけ出してマラカが云う。

 「こうか?」


 パオン=ミも両手を芝居の所作めいて振りかざすと、一気に数十枚の呪符がその手よりほとばしり出て空へ待った。たちまち小動物などへ化けて周囲へ散らばるが、二間、すなわち約三メートル半ほども進まぬうちに霧散する。


 「……範囲は狭いようだな」


 だが、確かにガリアは出る。マレッティが息を整えて精神を落ちつけ、一回、大きく右手を振るやその手へ地味な刺突剣が納まっていた。それが朝日よりも眩しく光り輝く。


 「いったい、どうやって!?」

 マレッティがスミナムチをその蒼い眼をまん丸にして見やる。


 「話せば長いので、詳細な説明は省きますが……それは三輝さんき綺晶きしょうです。それがバグルスへ埋めこまれ、その生体波動を受けて天限儀を封じる特殊な波動を出しているのです。そこまではつきとめました。それを打ち消す、云わば対消滅波動を出すのに苦労して……いつまで効果が続くかわかりません。御三方は、お急ぎを!」


 「……何の結晶だって?」

 マレッティが顔だけのマラカへ訪ねる。

 「これは、トリ=アン=グロスですよ」

 「……うっそお!?」


 サティラウトゥ文明圏では幻の宝石だった。この欠片ひとつで、何千……いや、何万カスタするか分からない。


 「こ、これ、もらっていいの!?」

 「そこじゃないでしょう!」

 「ご、ごめん……」

 マラカに窘められ、マレッティが珍しく素直にしおれた。


 「とにかくこの結晶の範囲も狭い模様。飛び道具は不利でしょう。まずは拙者が……」


 云うやマラカが消えてしまう。マラカのガリアはバグルスにも気配を探らせないので心配は少ないが、何が起こるかわからない。


 「あそこまで一人で行けるのか?」

 うまく事が進み、不敵な表情でミナモが尋ねた。


 「あの者の天限儀は身体能力を数倍増しますので、ご心配には及ぶまいかと」

 「接近したならば、対天限儀の波動も強力になると推定されておる」


 「マラカならば近づくだけでそれも把握するでしょう。何らかの対策はとるかと」

 「さすがよの」


 パオン=ミの答えに、姿の見えないマラカを見るようにして絶壁を見つめ、ミナモがうなずく。


 「それより、警護のバグルスよお。気を抜くんじゃないわよ……」

 マレッティの光剣の輝きが増した。

 「気配を感じるか?」

 「勘よお」


 パオン=ミ、頼もし気に笑みを浮かべる。ホレイサンへ入る前の北方の湖でも隠れていた竜を勘で嗅ぎ当てた。


 「勘は大事ぞ」


 まったく二人とも大したものだ。パオン=ミは気合を入れなおした。ガリアの使える範囲が狭いのであれば、自分が動いて敵へ近づくしかない。接近戦は不得意だったが、やって見せるしかない。


 「あっ、あれを……!」


 スミナムチがお堂を指さした。ミナモとパオン=ミが顔を向けたが、マレッティは見なかった。周囲へ気を配る。


 流石にガリアが解除され、元の姿となったマラカがしかし、お堂の縁に手をかけていまにも断崖より移ろうとしている。


 同時にマレッティが動いた。

 「ウアア!」


 自分の周囲へ光輪をまとわせ、さらにその巨大な輪の中にミナモとスミナムチも入れてしまう。そのまま刺突剣をふりかざして、死角より滑りこんできた大型の重戦闘型バグルスへ小光輪を連ねて鎖のようにした鞭を叩きつけた!


 近接していたバグルス、右手にその光の鞭を食らって腕が切断される!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る