第712話 第2章 5-1 暁闇に浮かぶ堂

 その後、極上の白粥の簡易糧食を摂り、五人は密かに公使館を出る。

 月も雲に隠れ、漆黒の夜のことだった。

 風がやけになまぬるく、気味がわるいほどだ。



 5


 「まことに護衛はいらぬのか?」

 再度、パオン=ミがスミナムチへ訪ねた。

 「我らも、殿下やそなたを護衛する余裕が常にあるとは……」


 「わかってます。その辺は、私のほうでも手を」

 「どのような?」


 「説明すると長いので避けますが、バグルス対策とだけ。恐いのは普通の人間の衛兵です。とくに天御中あめのみなか直轄のしのびたち……」


 「ガリアさえ遣えれば、逆にただの人など我らで対処する。遣えれば……な」


 「それも考えてます。ぎりぎりですが、開発が間に合いました。試験をする間がないのが少しだけ不安ですが、こちらの試験では上々の出来でした。後は、じっさいにみなさんで一度試してみたかったのですが……」


 「?」

 何を云っているのか理解できなかったが、ぶっつけ本番だというのは分かった。


 五人は暗闇の中をひたひたと走った。逆に、あと半刻もすれば夜が明けてくる。竜革底のしのび足袋はいっさい歩く音がせず、マラカなどは大変気に入った。


 ピ=パの町の狭い路地を抜け、天御中へ抜ける巨大鳥居を過ぎ、山道へ入る。

 体力のないスミナムチへ合わせ、そこで速度を落とす。

 「なに、もうすぐよ」


 小休止でミナモが竹筒から水を飲んだ。既に天が黒から濃い藍色へ変化してきていた。暁闇がうっすらと湖を照らし出す。


 今日も天気が良かった。

 「今年は梅雨が遅いな」


 ミナモが何とはなくつぶやく。梅雨が少ないと水不足になり、瑞穂みずほの国と呼ばれるホレイサンの水田を干からびさせ、国難となる。ただでさえホレイサンの奥地に位置するこの聖地の付近は大陸性の気候が強く、初夏の長雨に全てがかかっている。あまりに日照りがひどいときは特別にピ=パ湖の水を灌漑で引くことを許されているので、最悪的な事態にはならないが、あくまで例外中の例外だった。


 やがて一行はさらに峻厳な山へ入り、すっかり夜が明けたころには、断崖のようになっているところを見上げる場所へ到達した。すると、断崖の途中にツバメの巣みたいにしてお堂が建てられている。


 「なによあれ」

 汗だくのマレッティが見上げた。

 「あんな場所を攻撃しよおってえの!?」


 声には出さないがパオン=ミとマラカも同じ思いだった。

 「天限儀が遣えないのであれば、流石に厳しくはないですか、殿下」


 パオン=ミが不安に顔を曇らせる。

 「遣えないのであれば、な」

 「?」


 三人とも意味が分からない。現状、あのお堂にある何かしらのガリア封じの仕掛けのせいでガリアが遣えない。それを破壊すれば、少なくともこの近辺はガリアが遣えるようになる。ということは、その仕掛けはガリアを遣わずに破壊しなくてはならない。だが、物理的に破壊しようにもあの断崖絶壁の途中では到達するのにも一苦労なうえ、警護のバグルスがいるという。


 「竜だっているかもしれないわよお。いまは、いないみたいだけど……」

 「狭い島ゆえ、あまり大きな竜はおらん。それより、バグルスよ」


 「バグルスだって、ガリアが遣えないんじゃ、勝ち目はないわよお」

 今更のようにマレッティが顔を曇らせる。


 「そこで、これです。みなさん、これをお持ちください」

 スミナムチが背負っていた袋より首飾りのようなものを三つ、だした。

 「なによ、これ」


 受け取ってマレッティが怪訝な顔でそれを日の光へかざす。小指の先ほども無い水晶めいた美しい結晶の埋めこまれた金属製の枠だった。


 「きれいだけど……なんなの、これ」

 「みなさん、天限儀を出してみてください」

 「?」


 戸惑うも、マレッティが右手を振る。一回、二回……五回ほど振ったが何も変化はなかった。


 「どういうこと?」

 「だめだったか?」

 さすがにミナモが声を曇らせたが、


 「パオン=ミさんはいかがですか、マラカさんも試してみてください」

 パオン=ミも何度か呪符を出してみたが、何も出ない。

 だが……。

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