第678話 第1章 3-7 スミナムチ

 「お久しぶりです……どの……は……ですか」

 これはミナモだ。

 「はい、おかげさまで……は……ですので……です」


 この声に、マレッティが息をのむ。何を云っているのかはディシナウ語なので分からないが、当たりか。しかし、怪訝な顔もした。


 「……におかれましては…………でしょう」

 「…………が、いかがでしょうか。……は、いつごろ…………」

 「もう、帝都を発って……思われ……が……」


 「では……で……」

 「もちろんです」

 「よしなに」


 パオン=ミが聞きとれるのは、知っている単語を話しているので脳内でそう補完してるにすぎなく、とても話が聞きとれるというレベルではなかった。音がしているというていどだ。


 「それ……相変わらず美しいお庭ですこと」

 やおら、そう聞こえた。そして、

 「どうぞ、縁側に」


 ミナモの声もそう聞こえた。パオン=ミが訳し、二人は急いで部屋を出た。パオン=ミはマレッティを抱えるようにして廊下を歩き、裏玄関で履物をつっかけ、静かに表へ回った。ミナモがこちらの意図を知ってか知らずか、偶然か、配慮してくれたのか、それは分からないがとにかく人物を確認する好機だ。室内なのでフードをとっているかもしれない。


 庭を横切り客間を遠目に見ることのできる位置まで来て、二人は庭木の陰へ身を潜め、様子をうかがった。


 果たして、ミナモを横にして縁側に立つ、独特の装束を重ね着した背の高い人物は被り物とフードをとっており、その顔があらわになっている。


 「…………!?」

 マレッティが口に手を当て、顔をゆがませる。

 デリナを見たことがないパオン=ミ、その様子に戸惑う。


 「い、如何した」

 人物が景観に満足したのか、室内へ戻ったので二人も静かに部屋へ戻った。


 「どうであった?」

 パオン=ミが誰何しでも、マレッティはまだ考えこんでいた。


 「……ちょっと、わかんない。間違いなくデリナ様なんだけど、あんな人じゃない……顔つきも違うし、声は同じだけど話の調子が全然違う……まるで別人だわ」


 「ほう……」


 二人が……いや、マレッティが見たのは、背たけや体つき、なによりその顔の特徴はデリナであるが、その晴れ晴れとした明るい顔にカンナのような丸眼鏡をかけ、ふわふわのくせ毛の髪も短く肩で切りそろえた、書生然とした女性だった。歩き方や所作も全く異なる。


 「まるで、長く離れて育った双子みたい……」

 双子という発想は、自身も双子だからだろう。


 「でも、間違いなくデリナ様から助けを求める密書が来たのよ! アーリーだって、デリナ様を助けてやってくれと私に云ったし……」


 「洗脳されているのでは?」

 「その可能性はあるわ」

 「ミナモのやつに、尋ねてみよう。ここで詮索しておるより、てっとり早い」

 「そ、そうね……」


 だが、ミナモへ面会を申しこんでも、いっこうに現れなかった。七日経ち、十日経ち……業を煮やしたパオン=ミが屋敷内をうろつきだしたが、元より使用人も少なく、誰かを探すのに苦労する。毎日の食事はいったいどこから出てくるのか。


 ようやくつかまえた女給に尋ねても、

 「存じ上げませぬ」


 の一点張りだ。ミナモが相当高位の人物であるならば、それも無理はない。女給などがその動向を知る由もない。


 「どうやら、この屋敷にはいないようだ」

 部屋でパオン=ミが残念そうに云う。


 「どおすんのよお」

 「どうしようもあるまい」


 それから、またしばらく日にちがすぎて、かなりマレッティも歩けるようになった。走ることができるのも、時間の問題だろう。


 「パオン=ミのおかげだわ」

 「それを云うなら、ミナモであろう」

 その日は薄曇りで、サッとひと雨きそうな空模様であった。風もつめたい。


 昼食後に寛いでいると、三人を見覚えのある少女が訪れた。といってもパオン=ミだけで、マレッティとマラカは初めて見る。つまり、あの夜にミナモと共に座敷牢を訪れたカンナのような眼鏡におさげの少女、スミナムチだ。


 「あ、どうも」


 先日と同じく茶縞の小袖に渋柿色の軽衫かるさんばかまをはいて、その上から割烹着めいた白衣をまとっている。少女と思っていたが、よく見ると大人の女性っぽい。ただ仕草や言動、顔の作りが子供のように見える。童顔というか。背も低く、それも幼く見えた。


 「傷の具合はどうですか? さ、足を診せて……」

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