第671話 第1章 2-3 パオン=ミ、沈思
「…………!!」
マレッティの顔が、絶望に歪んだ。
(ごめん……パオン=ミ……)
足の裏から釘を打ちつけられ、甲から突き出た釘へロウソクをさし、じりじりと火と融けた蝋がマレッティの足を焼いた。
「……アアアアア、ウアアアアアーーッ!! ウウウ、ウウアアア……!」
牢獄内に延々とマレッティの悲鳴、そして絶息めいたうめき声、悶えでギシギシと激しく鳴る縄と支柱の音が轟く。動けば動くほど縄は肌へ食いこみ皮をやぶって血が流れ出る。パオン=ミが唇をかみしめすぎて血を流し、マラカはガクガクと耳を押さえて震えた。
息も絶え絶えのマレッティが牢へ戻され、すぐさまマラカが引きずられて行く。色黒に黒髪、薄緑の眼をしたマラカはマレッティに比べると少女のように細く小ぶりな肉体で、それはラズィンバーグ周辺諸部族の特徴だった。この辺の人間にはむしろマラカのほうが欲情するものがあるらしく、最初は物珍しくマレテッィに雑兵たちがむしゃぶりついていたが、後のほうはむしろマラカが休みなく責めたてられ続けた。
マラカもかなりの修羅場を渡り歩いてきてはいたが、このような責め苦は初めてだった。
マラカはマレッティと違い、これまでの生活で肉体的な苦労はあまりしていない。竜属相手の諜報仕事の苦労は当然あったが、全てガリアで解決してきた。そのガリアが遣えなくなった動揺と衝撃は、実はマレッティと比べ物にならないほど大きい。マレッティのように剣術も身につけていない。ガリアが無ければただの女だ。情欲の塊である雑兵どもから成す術なく散々にいたぶられ、精神的な限界はとっくに超えていた。
縄があまり食いこまないほど細身であったのでマラカは両肩へ棒を背負わされて十字架めいて縛られ、吊るされた。
「こいつは火だ」
松明が用意され、まず腋や股間の毛を焼かれる。そして髪だ。
「ウアアッ……!」
ビクビクと身体をよじりながらマレッティより早く呻き声をあげだしたので、尋問官はうなずいた。
「よし、もっといい色に肌を焼いたのち、百たた……」
瞬間、マラカが舌を噛むのが分かった。拷問担当官だ。苦痛に耐えきれず舌を噛んで自害するものなど見慣れている。誰よりも早くマラカの下顎を頬ごと片手でつかみ、ニヤリと笑った。
「そうはさせん」
マラカが薄緑の眼から涙を流し、睨みつける。
「その元気があれば問題ない。悲鳴は無理だが、うめき声は聞かせてもらおう。おい!」
「……ンンンーッ……! ウムゥ……!! ングッ……ウウッ……! ……フゥウウ……!! フウーッ……!!」
鋭く叩く音と、マラカのうめき声や縄のきしむ音、激しい呼吸音が悲愴的に響く。その後、同じように足の爪に竹串を打つとマラカは何とも云えぬ鶏を絞殺したような絶叫をあげ、白目をむいて気絶してしまった。
「……こいつはここまでだ。これ以上は声が出んだろう。あの
せせら笑って尋問官が去る。
牢役人が再び現れる。
「どうだ、カンチュルク人。なにか話す気になったか? お友達の苦痛にあえぐ声は、さぞや耳に心地よかろう。おっと、お友達ではなかったな」
「……とっとと我へ同じ責め苦を与えよ!!」
怒りに震えながらパオン=ミが暗がりから声を発した。
「そのつもりだが、お前への責め苦はまだ許可が出ぬのでな」
つまり、離間の計と考えられる。いつまでもパオン=ミだけ五体満足なのは、実は裏でつながっているのではないかとマレッティやマラカに思わせ、仲間割れをねらい、パオン=ミを精神的に孤立させてそこから切り崩そうという……。
そんなことは、マレッティもマラカも分かっているつもりだった。
(どうする……パオン=ミ……)
その夜、パオン=ミが懸命に沈思する。ここがホレイサン=スタルなのかも定かではない。二人を救うために口を割るのは簡単だが、どちらにせよカンナによる聖地襲撃計画が発覚するし、カンチュルクの奸計がディスケル皇帝家へ発覚する可能性もある。何がどこまで影響が広がるのか、まったく予測がつかない。
(いっそ二人を見捨てるか……)
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