第670話 第1章 2-2 よほどの剛の者

 翌日、昼に塩粥と白湯の食事を持ってきた中年の二人組がそのついでに金髪碧眼で豊満に弾けんばかりな肉体のマレッティを二人で思うさまなぶり、夕食後に夜半となるとまた先日とは異なる複数人が入れかわり立ちかわりでマレッティとマラカを犯した。これが肉体的拷問ではなく一種の精神拷問であったのは、けして殴る蹴る、首を絞めるを行わないことにある。それは厳禁されており、少しでもそういうそぶりを見せようものならどこからともなく一喝が飛んで、その者はその場で牢を出てゆき二度と現れなかった。行為は全て監視されている。二人が骨折や打撲などで使い物にならなくなっては元も子もない。


 その夜も最後に冷水がぶっかけられ、手拭いがとりかえられた。いまが初夏なのが幸いした。夜に冷えたら肺炎を起こし死んでいただろう。マレッティとマラカは糞尿や男たちが残していったものの処理も部屋の片隅に全裸で行うという屈辱を味わい、とにかく午後のひと時と一晩中男たちの相手をさせられた。


 そんな日々が、七日七晩続いた。


 さすがの二人も、人形のようにされるがままとなった。体力的にも精神力的にも、相当に苦しい。


 また、最初の日の役人が現れる。

 「どうだ、カンチュルクのネズミ、お仲間の喘ぎ声は。お前も仲間入りしたくなったか?」

 坐禅のようにして座り、パオン=ミは泰然として無視した。


 「フン……どうやら仲間ではなかったようだな。では、遠慮なく違う方法をとらせてもらおうか。次は苦痛の喘ぎ声をたっぷりと聞かせてやるぞ。そのうちお前も味わうが、その前に二人だ。くるしんでくるしんでくるしみぬいて死んでも、お前は何も感じんのだな!?」


 パオン=ミは奥歯をかみ、口を割りたい衝動を耐えた。二人には、何が何でも耐えてもらうしかない。


 「非情よの」


 含み笑いを漏らし、役人が去る。すぐさま屈強な男たちが現れ、マレッティの牢を開けると全裸のマレッティの両手を抱え、引きずって連れだした。


 拷問の部屋は岩牢からつながったすぐ隣の小屋で、声も聞こえるほど近い。髪もばさばさに虚ろな目のマレッティにも、ずらりと並んだ拷問用具の陰惨さはよくわかった。マレッティはいきなり荒縄で後ろ手に全身を縛りあげられ天井から吊るされた。ぎりぎりと縄がその白い肌に食いこんで真っ赤になる。尋問官と下級役人が何やら言葉を発したが、マレッティには全く分からなかった。ディスケル=スタルの言葉とも違うのだ。


 つまり、彼らはマレッティへ尋問するつもりではない。ただ痛めつけ、その苦痛の声をパオン=ミへ聴かせる精神拷問だ。


 それはマレッティも分かっていた。意地でも声を上げぬ。

 「どこまで持つかな」


 痩せた尋問官が楽しそうな笑みを浮かべ、下男しもおとこへ命じる。水のたっぷりと入った大きな樽が用意され、マレッティは逆さ吊りぎみに樽に頭から突っこまれ、水責めにされた。ガボガボと音がして、動かなくなる寸前に引き上げられる。さすがに荒く息をついた。


 「ハアーッ! ハアーッ!」

 すぐさま再び水に頭から落とされる。


 それが十回も続くと、心臓が爆裂しそうなほど鼓動を打ち、呼吸もうまくできなくなってひきつけを起こし始めた。


 「そんなもんだ。やめろ。次だ」

 次は吊られたまま割竹刀で百叩きが始まった。


 バシィッ!! ビシャァ!! 音と痛みが凄まじいが大けがはしない。苦痛を優先する刑罰である。マレッティは唇をかみしめて耐えた。薄皮がむけ、血しぶきがほとばしる。が、あまり強引には責めない。泥を吐かせるためではないからだ。なるべく長く苦しんで、呻いてもらわなくてはならない。


 「…………!!」


 幽鬼のような顔に殺気と怒りと憎しみを浮かべ、マレッティは蒼い瞳で尋問官を睨みつけた。


 「女だてらになかなかのやつだ! よほどの剛の者にちがいない!」

 尋問官の顔から薄ら笑いが消えた。

 「まだ感覚が残っているうちに、アレをやってやる!」


 云うが、用意された細い竹串をマレッティへ見せつける。さすがにマレッティの顔が歪んだ。あれでどこを刺されるものか……。


 尋問官がしゃがみこみ、吊るされる足の爪の合間へ容赦なくピシピシと串を打ってゆく。

 「……ィアアアアア!!」

 ついにマレッティの悲鳴が響いた。

 「ギィィ……!」

 涙がほとばしる。バギン、と音がして、噛みしめた奥歯が砕けた。


 その奥歯を、したり顔で立ち上がった尋問官へ吹きつけた。驚いた尋問官が身をかわす。


 「……まだ元気があるようだな。次はアレだ!」

 次は木槌に五寸釘、そして大きなロウソクだった。

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