第666話 エピローグ2 聖地への不安と希望、救世への祈り

 カンナの声に、二人がうなずく。街道から遠目に見たサラティスの城壁の規模を思い出した。そうかもしれない。


 「橋はなさそうだし、船でしか入れないのなら、忍びこむのが難しいというのも分かるな」


 「正確には、島や街は聖地ではない」

 皇太子妃の言葉に、ライバだけが意味が分かってうなずいた。

 「どういうことお?」


 「ウガマールといっしょだよ……島のどこかに、奥院宮おくいんのみややアテォレ神殿みたいな場所があって、正確にはそこが聖地なんだ。そこへ入るには……皇太子さんといっしょじゃなくちゃだめなんだよ」


 「なる……」

 スティッキィもうなずく。カンナだけ、ほうけていた。


 「ま、だいたい外観は分かったわあ。で、皇太子妃様、私たちは……カンナちゃんはここで何をすれば?」


 本題はそれだ。


 三人の視線を一身に集め、皇太子妃ディス=ドゥア=ファンは茶を優雅に飲んでいたが、やがて口を開いた。


 「何をも何も無い。行ったらやることは一つよ。審神者さにわどもを皆殺しにし、聖地を破壊して、竜神の住まう神代かみよとこの世とをつなぐ扉を破壊して二度と開かぬようにせよ」


 三人が見合う。やけにあっさりと云うが……それは、あの神代へ通じる異次元の入り口を破壊しろと云っている。


 「そんなこと、できるのかなあ……」


 カンナがしょぼくれてそうつぶやいたが、ライバとスティッキィは答えなかった。ラクトゥスでの戦いや、なによりウガマールでの神技合かみわざあわせの儀式でのレラとの戦いを思い出す。カンナが本気を出せば……世界を滅ぼせるだろう。怒れる神のごとく。


 カンナの力が暴走すれば、最悪そうなる可能性は高い。そうさせないために、二人はいる。ライバとスティッキィは、そう考え始めていた。


 「たのむぞ、バスクス。ガリアムス・バグルスクス。カンナカームィ。轟鳴の救世者よ。我らを……我らを救世してたもれ」


 皇太子妃がやおら席を立ち、カンナへ向けて深々と礼をした。お付きの者たちもいっせいにこうべを垂れる。カンナはもちろんのこと、ライバとスティッキィも度肝をぬかれて固まりついた。


 「いやっ……そ、そんな……そんなこと……そんな……」


 カンナ、真っ赤になって何も云えなくなった。とにかく……とにかく戦わなくてはならない。神と!! それだけは分かった。


 皇太子妃が退室し、三人はその後、暗くなるまでただ無言で過ごした。暗くなって、供された夕食も無言で食べた。


 味がしない。

 (アーリー……わたし、どうしたらいいんだろ?)


 カンナは目の前の野菜と鳥肉の炒めものを見つめながら、久しく会っていないアーリーを思い浮かべた。聖地で戦うにしても、アーリーなら自分を導いてくれる。そう思った。自分だけなら不安でしようがない。


 しかし、いないものはしようがない。


 とにかくやるしかない。思えば、カンナは最初からそうだった。初めてガリアでバグルスを倒した、サラティスでのあの時から……。


 「やるしかないんだよ、もう」


 カンナが突然そう云ってバクバクと料理を食べ始めたので、ライバとスティッキィはなおさら不安になり、目を合わせた。


 十日後、聖地へ向かう。

 窓から冷え冷えとした月がのぞいていた。



 第七部「帝都の伝達者」 了

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