第663話 第3章 9-3 電流の大蛇

 その姿を、スティッキィとライバは見たことがあった。


 ガラネルとの戦いにおいて……電光に包まれたカンナが一瞬だけ見せたその異様な姿……背と手足が非人間的にまで伸び、黒髪も異常なほど伸びて、まるで昆虫のようなその姿……その背後には封じられているはずの黒剣が、カンナの背に生えた翅めいて変形し禍々しい剥き身を晒している。その黒い剣身から、稲妻が無尽蔵に吹き出ていた。


 その姿をすぐ目の前で平然と皇太子妃ディス=ドゥア=ファンが満足そうに眺めていた。


 それは、カンナカームィの本性なのか。魂の真の姿なのか。改造強化人間としての真の姿なのか。ガリアの力が噴出した姿なのか。


 分からないが、その非人間的な見た目に、改めてスティッキィとライバが恐怖する。ただし、その異様な姿が恐ろしいのではない。あの姿になると、もうカンナは自分たちのカンナでなくなるのか。自分たちとのつながりが消失し、別人になってしまうのか。自分たちのことを忘れるのか。それが恐かった。自分たちの存在意義が……どこまでもカンナへ着いてゆくという存在価値もが消失してしまうから。


 しかし、それは一瞬の迷いだった。なぜなら、

 「…………!」


 稲妻の収斂の中で、変貌したカンナがぶるぶると両手を震わせ、元の……元の姿へ戻って行く。同時に背中へ翅めいて展開していた黒剣が、剣の姿へ戻って行く。やがて恐るべき霹靂へきれきもその黒い剣へ集まって、カンナがその剣の柄をがっしと握った。


 「カンナちゃん!」


 おもわずスティッキィが叫び、駆け寄ろうとするのをライバが羽交い絞めにも近いかっこうで止めた。


 「離してよ!!」

 「カンナさんの邪魔をするな! カンナさんを信じて!」


 カンナは黒剣を握りしめたまま、まるで竜の咆哮めいてその口から声とも共鳴ともつかぬ大きな音を発し、天へ向かって叫び続けた。


 その音は朗々と帝都にこだまし、「神の遠吠え」として神話となった。


 それが収まってようやく、カンナは髪をざんばらにして、どおっと両膝と両手を地面へつけ、激しく深呼吸をした。


 「ハアーッ、ハアーッ……!!」

 「よくぞ耐えた、カンナカームィ」

 皇太子妃が微笑みを浮かべ、涙ぐんでうなずく。


 見ている者たちにはしばらく時間がかかったように思えたが、実際はほんの一瞬の出来事だった。


 天限儀である青銅の爵は、役目を終えて消えていた。

 カンナが、ずれた眼鏡越しに皇太子妃を見上げた。

 「わ……わたし……」

 「これで……これでそなたは」


 その皇太子妃めがけ、大脇差を大上段からカヤカが斬りつける。

 ドズジャア! バアア!!

 皇太子妃の眼前でカヤカが光り輝いた。正確には、プラズマ流の束が襲いかかった。


 ズァバババババ!! 猛悪的な電気抵抗で発熱し、カヤカの肉体が翻弄される。やがて雷竜の一撃が収まると、カヤカは真っ黒焦げに炭化して崩れ、燃え上がった。人間の姿をした炭のようだった。


 「……!!」


 さしもの忍者たちが凍りついた。いや、カルンを含め、近衛兵たちも声すらない。初めてこのような人間離れしたガリアを……天限儀を目の当たりにしたのだから当然だろう。スティッキィとライバだけが拝むように両手を合わせ、安堵と歓喜の表情でカンナを見つめている。


 そして両殿下だ。皇太子はおろか、皇太子妃も眼前で人間が一人消し炭と化したことに平然として、カンナへ声をかけた。


 「の掃除を頼んで恐縮であるが、ほれ、まだ残っておる」


 カンナが立ち上がり、黒剣が唸りを上げた。もはや忍者たちは自爆覚悟でカンナへ殺到したが、黒剣の共鳴に耳と三半規管をやられ悶えながら立ちすくんだ。


 そこへ共鳴に乗って幾重もの膨大な電流が襲いかかる!


 それは的確に忍者どものみを迎撃し、硬直しまたは地面へ伏せる近衛兵や両夫人にはせいぜい静電気に鳥肌を立たせるほどの影響しか与えなかった。まさに、生きものめいて電流の大蛇が敵へくらいつく。


 燃え上がる三神廟の前で、噴水と化して吹き上がる電流束が美しく舞い上がった。

 「愉快愉快」

 周囲の景色を見て皇太子妃が嗤う。

 やがて稲妻は収まり、人間大の消し炭が複数、地面の上で煙と火をあげていた。

 「…………!」

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