第657話 第3章 8-3 ホレイサンの忍

 ホレイサン=スタルの忍者部隊は、どこからかき集めたのか、あるいはここぞというこのときまでどこかへ潜ませていたのか、想定をはるかに超える規模だった。正面突破を多段階に仕掛け、第二門と第三門、三神廟正門前は数十人の襲撃部隊によってたちまち乱戦となった。正面突破と云っても、第一門から順に入ってくるのではない。警備の薄い場所を的確に見抜き、鉤のついた縄の用具を用い唐塀を乗り越えてまるで蟻が侵入してくるかのごとく続々と襲いかかった。


 同時に襲うことで、それだけ対処を困難にするのだ。


 ホレイサン=スタルは毒も然る事ながら火薬の扱いにも長けている。やおら、この神域で爆音が轟き、近衛兵が宙へ待った。


 そして、カンナたちのいる三神廟のすぐ下、カルンが護っている場所からも、物音が響き始めた。


 「カルン様!」

 助っ人へ向かおうとしたスティッキィを、皇太子が止めた。

 「そなたが動いて、誰がここを護る?」

 「……ッ!」


 奥歯をかみ、拳を握りしめる。また皇太子妃を見て自分もガリアをそっと出そうとしたが、やはり出なかった。あのガリアだけ特別なのだろうか。


 「その通りぞ」

 皇太子がギラギラと金銅色に輝くしゃくを見つめて云う。


 「あれこそ竜神降臨のための天限儀。いつぞやの代の黄竜の半竜人ダールが設えた天限儀封じの結界は、あの天限儀だけは例外としてあれ以外を封じている。どうやってかは、知らぬがな……。それを破って天限儀を使えるのは……おそらく、神に匹敵する者のみ」


 「神に匹敵する……」

 スティッキィとライバの視線が、皇太子妃からカンナへ移った。



 襲撃者どもは頭巾をかぶり、面頬を当て、鎖帷子を着て脚絆や手甲、鉢金で武装していた。全身は黒ずくめ、焦茶、濃紺などの衣服に包まれていた。戦闘用の裾の短い小袖に軽衫かるさん風の袴姿だ。指揮をするのは元第三警護隊長のカヤカである。鋭い眼だけをのぞかせた覆面姿に大刀よりやや短い抜き身の大脇差を指揮棒めいて峰で肩に置き、やや離れた建物の屋根から神殿全体を見通していた。


 「三神廟へ直接仕掛けられる道程はわかったか?」

 くぐもった声が面頬の下から出る。

 「未だ」


 側で片膝ついて控えているのは後宮姫だったアイナだ。つまり、この二人は、実は警護隊長が上役でアイナが配下だったのである。


 「知ってのとおり門を護っている連中はかなりの手練れだ。倒そうとせずに時間を稼げ。その隙に廟へ突入する手立てを考えろ。私とお前で急襲する。正面突破は難しいぞ」


 「ハッ」


 云うや、アイナが鐘楼のてっぺんから飛び降りる。器用に建物のでっぱりへ手や足をかけつつ、たちまちのうちに地面へ下りると獣めいて消えた。カヤカの視線が、三神廟を射抜く。三神廟へ到るまで楼閣門は三つあり、それぞれ高い唐壁に囲まれた空間が門前にある。それぞれの門は全て開け放たれ、ルアン達からカルンまで自由に行き来できた。これは、互いに素早く加勢しあうためだ。第一門の前は宮廷の近衛兵たちが陣取り、槍を構えている。これはそのまま神殿全体を囲み、護っている部隊の一部だが、全体数が少ないのは既に述べた。第二門の前にはルァンとエルシュヴィがアトギリス=ハーンウルムの精鋭部隊と、第三門ではトァン=ルゥがカンチュルクの精鋭と、三神廟前にはカルンがもともとカルン付であるアトギリス=ハーンウルム最強とされる近衛兵を従えている。


 カヤカは正面突破ではなく、防備の薄いところから塀を越えて屋根を伝い、三か所を同時攻撃させていた。そして素早く門を閉めてしまい、確固孤立させる。そして三神廟へは、自分とアイナが奇襲を仕掛ける。ホレイサン側の部隊も人数が限られており、それしかないと作戦立案した。


 襲撃が始まり、物音や声が聴こえてくる。カヤカも、風が吹きこんだと思ったらその場から消えていた。



 忍者ども、相当の使い手で、並の兵士ではまるで歯が立たなかった。物陰より毒塗り手裏剣を次々に打たれたと思ったら、炸裂弾が投げこまれる。しかしそれは囮で、殺傷力はそれほど高くない。音や煙、衝撃波、火炎で怯んだところを短弓、手裏剣などで襲い、あるいは一足跳びに刀で斬りかかる。第一門の前で乱戦がおき、続々と唐塀を護っている兵士が集結する。その隙に、伏兵たちが一気に人のいなくなった塀から侵入した。第二門と第三門の門前広場に、忍者たちが殺到した。


 ルァンは襲撃者たちのそんな戦法を的確に見抜いた。

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