第654話 第3章 7-4 小藩国の悲哀
「!!」
姫が硬直し、すぐさま、
「殿下、風が出てまいりました……戻りましょう」
皇太子を宴会場へ誘った。
「満足したか?」
皇太子が訳知り顔で
池の奥の暗がりから、刺客の死体が流れてきていた。
その様子を、渡り廊下より顔をのぞかせ、トァン=ルゥが鋭い眼で凝視していた。
けっきょくその後は何事も無く、明け方近くにダオマー節の宴会は無事に終了した。
皇太子を庭へ誘った姫は席へ戻ったまま、終始うつむいて青ざめていた。
宴会が終わって解散となってから部屋へ戻り、そのまま捕縛された。
何か庭で皇太子に無礼があったとして、嫉妬していた姫たちは溜飲を下げた。
スティッキィたちは安堵だ。
伝え聞いたところによると、その後のすさまじい拷問に耐えられず、その小藩の王家出身の姫はその日の内に泥を吐いたという。
しかも、アトギリス=ハーンウルム派とされる藩王国の出身だったので、カルンの怒りは烈火のごときであった。
「ぬかったわ。実家がひそかにホレイサンから大金を積まれ、ウチからの借金返済の大半をそれで賄ってたんだって。あと、王家で甥にあたる王太子の行状が悪くて……ホレイサンに始末を頼んでたらしいの。去年、うまく王太子が死んで、素直でいい子の弟が新しい王太子になったんだけど、そんなウラがあったとはねえ。さすがにそれをウチや皇帝家にばらされるとあっては、云いなりにもなるよね」
落ち着いたふうでそのような普段と変わらぬ物云いをしているが、眼が怒りのあまり吊り上がり、顔も真っ赤になっている。ルァンとエルシュヴィが緊張で固まっているのを見ても、カルンの怒りの恐ろしさが伝わってきてスティッキィらも思わず固くなる。
「なにも知らないふりして殿下をただ庭に誘えとでも云いくるめられたんでしょうけど……甘いよね……」
眼から殺気が光線となって出てきそうなほどだった。
小藩エレオン出身のヤールィ姫(二二歳)は
ただ、エレオン藩王国には御咎めなしだった。藩自体を罰するとエレオンとホレイサン=スタルとの関係を公表せざるを得ず、まだホレイサン=スタルそのものと表だって争わないほうがよいという皇帝の沙汰であった。なぜならば、ホレイサン=スタルの後ろに聖地がいるのは周知の事実であり、いま公に聖地と争うと帝国の崩壊に伴う戦乱に直結する恐れがあったからである。
8
数日後。
「まだ、諦めてないと思う」
スティッキィの顔は晴れない。
「でも、皇太子さんから云われた伝達の儀式は、もうあさってだよ?」
カンナはようやく事態が動き、聖地へ行けることに興奮して、ここのところ夜もあまり寝つけないようだった。
未だにカヤカとアイナは見つかっておらず、宮城から逃げてホレイサン=スタルへ帰ってしまった可能性もあったが、街道や関所での検問にもひっかかっていない。まだ潜んでいると考えられた。
「でも、どこに? 広いようで、何日も隠れ住むのはまた別だよ。煮炊きや食料の調達もあるし、こっちは毎日捜索してるんだ」
ライバは、後宮はおろか山全体の絵図を入手し、ずっとにらめっこをしていた。
「まだ、協力者がいるんでしょおねえ」
「それしかない……よな。あとこういう時のために隠れ家をあらかじめ作ってあったか」
「秘密の洞窟とか?」
「ありうるね」
マオン=ランが、小さな車のついた手押しの台で点心を運んでくる。もうそんな時間か。
「これもそろそろ食べおさめよねえ」
ようやく「箸」を使えるようになってきたスティッキィ、レンゲにあふれた小籠包のつゆをふうふうと吹きながら、少しづつすする。肉汁と干した貝などからとった出汁が合わさった、極上のスープだ。それが煮凝りとして肉餡にまぜられ、小麦粉生地の皮で包まれる。それを蒸すと、熱々のスープがつまった一品となる。初めて食べたときは味もそうだし、そのアイデアに心底感心した。
「あいかわらずおいしいわあ」
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