第650話 第3章 6-3 ウガマールの噺

 「聖地は……正確には、ホレイサン=スタルはヘタを打ったわけ。ここが逆に好機。こちらに攻める大義が。一気にバスクス殿に聖地を攻めてもらいたい。そのためには、こちらも協力を惜しまないから」


 「ベウリー様の死を利用する……と」

 「あの子だって、死んでも死にきれないでしょ、このままじゃ」

 「本当に……」


 スティッキィとカンナは、涙を流してデリナのことを託すベウリーの苦しそうな顔を思い出し、胸が痛んだ。ライバは、たまらずうつむいた。


 「具体には、公の席でのバスクス殿の警護に我たちも手を貸すから。この二人が……」


 ルァンとエルシュヴィが会釈をする。


 「それに、皇太子殿下と妃殿下へも話を通しておくから。御二人とも賢明な御方なので、帝国の幕引きを真剣に御考えよ。それはつまり……聖地を裏切るということだけど……御二人は覚悟をきめておられる」


 「それは、つまり」

 スティッキィの顔が厳しくひきしまる。

 「聖地が、御二人を襲う可能性も」


 カンナ以外がおもわず唸った。そこまでするか。いや、追い詰められていたらするだろう。カンナは、不安に顔を曇らせるだけだ。


 「……連中、もう、あからさまに後宮をウロウロできないでしょうから、次にバスクス殿を襲うとしたら、何か大きな儀式のときだと思う。ダオマー節のとき、特に注意して警護はするけど、他の姫たちやとうぜん両殿下もいらっしゃるし……」


 「襲うには一石二鳥と」

 「そういうこと」


 カンナだけではなく、両殿下も護らなくてはならない。となると、スティッキィだけでは到底無理だ。カルンの協力があれば、少なくともそっちは任せられる。


 「わかりました。感謝いたします」


 スティッキィが立ち上がり、両袖を合わせて深々と礼をしたので、あわててカンナとライバも続いた。


 「で? そっちの頼みごとって?」

 再び席へ着いたスティッキィが手短に説明した。カルンと二人は、吃驚して固まった。


 「あなた、本気?」

 「本気です。それしか、私たちが自分で身を護る方法がありません」

 「向こうに有利になる可能性もあるのでは?」

 「大丈夫です。それはありません」

 スティッキィの笑顔に、カルンたちが呆れて見合う。


 「すごい自信だこと……わかった。殿下に口添えをしておくから。でも、前例のないことだから、無理かも……いいえ、たぶんそれは無理よ」


 「それならそれで……」


 スティッキィはカンナを見つめながらうなずく。何か魂胆があるのだと思い、カルンもその件についてそれ以上は云わぬ。


 「じゃ、仕事の話はこれでおしまい!」

 カルンが手をたたく。


 「ここからはなにか『はなし』をしましょう! ねえ、スティッキィ、西方の……サティラウトウの噺をしてちょうだい! カンナやライバは、何かないの? 私たちが聴いたことも無いような……風景とか、風習とか!」


 スティッキィとライバ、困ってしまった。なにせ、二人とも暗殺者なうえ……ストゥーリアでの貧乏話や娼館のことを話しても楽しくなさそうだし……。


 必然、カンナへ視線が集まる。

 「え、ええと、じゃ、ウガマールのことでも……」

 「ウガマール!」


 カルン達にとって異世界にも匹敵するウガマールの風景や、サラティスでの竜退治の話は興味津々であった。まして、ウガマール人ですらほとんどの者が見たことも聴いたことも無い奥院宮おくいんのみやでの日々である。


 カンナはそして、サラティスへ行ってからの竜退治のことも話した。


 「……あと、リーディアリードっていうところからベルガンという港へ行く途中、嵐で遭難して、パーキャス諸島ってところに流れ着いてね……」


 海を知らないカルンたちはその大洋大冒険にも興味を示し、いろいろと質問をしてきた。私的な内容となると、ルァンやエルシュヴィもカルンの友人へ戻り、六人で楽しく女子会を続けた。その夜は、そのまま泊まってしまったほどである。


 笑い声が扉の向こうまで響き、警護の女官たちの顔もほころぶ。

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