第631話 第3章 2-2 後宮の姫たち

 お付きであり妃候補の後宮姫こうきゅうきが二人おり、三人あわせて「当世アトギリス=ハーンウルム三大美女」とうたわれた。


 そのカルンのお付き二人がルィアン(二十二歳)とエルシュヴィ(十九歳)の二人の美女。後宮姫だが、実質はカルンの侍女兼護衛だった。


 第三夫人がトゥアン=ルゥ(二十一歳)で、カンチュルクの有力貴族の娘。家格は低いが、カンチュルク藩王家の血筋でもあり、由緒は悪くない。薄褐色肌の竜狩人フルトであり、竜騎兵(ガルドゥーン)でもある。すらりとした長身の美女で、話を聞くに幼いころは赤竜のダール……つまりアーリーの教えも受けていたという。もちろん、カンナの重要な味方になると思われた。


 「この人には、早めにお近づきになっておいたほうがいいかもねえ」

 スティッキィの言葉に、カンナとライバもうなずく。

 (アーリーは、前はちょくちょく竜の国に帰ってたんだ……)

 カンナは不思議な気分となった。

 このほかに、有力な妃候補の後宮姫が二人いた。


 それがグルジュワンの才姫ベウリー(十九歳)と、ホレイサン=スタルから後宮に入ったアイナ(二十歳)だった。


 ベウリーはデリナもかつて学んだグルジュワン王立大学校で医学を学んでいたという才人で、いつも帝立書庫から本を取り寄せて読んでいる知的な細身の美女だ。どこか陰のある清楚な雰囲気が後宮の黄昏によく似合っていた。元の身分を含め、どういう経緯で後宮に入ったのか、よくわからないのだという。


 またホレイサン=スタルから……すなわち外国から後宮に入ったというアイナも、謎の存在だった。後宮へ入るからには、それぞれ何らかの形で皇太子が見初みそめてきたはずなのだが。


 「でも、外国人でもちゃんとお妃候補になれるんだったら、あたしがいてもいいのかも」


 「きみは、ぜんぜん人種がちがうじゃないか」

 ライバが呆れたように云った。

 「たいしてかわんないわよお」

 「そうかなあ?」


 カンチュルク人やアトギリス人はどちらかというと中間の顔かたちをしているが、ディスケル人やホレイサン人は一重が多く目鼻の堀が浅く黒髪で、スティッキィやライバとは完全に異なる人種だった。


 「なんにせよ、御三方は一か月間だけ辛抱してくださればよろしいのです。不明な点は遠慮なく私めにお申し付けください」


 快活な笑顔でマオン=ランが頼もしいことを云う。きっと、云えば裏で皇太子妃にもつないでくれるだろう。


 「ところで、今の人たちのうち、誰がガリア遣いなのかな」


 だが、カンナが何気なく云ったその言葉に、マオン=ランは顔を一転して強張らせた。


 何かまずいことを云ったか……そう思って緊張したのはライバとスティッキィだ。カンナは無邪気な笑顔で返事を待っている。


 「……後宮も含めて……」

 マオン=ランが声を潜めたので、三人が顔を近づける。


 「この神の山は全て神域です。宮城きゅうじょうも泰山も天限儀てんげんぎ(ガリアのこと)はいっさいの使用はおろか、発現も禁じられおります。皆様もお気をつけを。……とは云いましても、そもそも、この城では神山ごと天限儀は封じられております。出そうと思っても、出せません」


 三人が眼を丸くした。

 「封じている? ガリアを? この山……お城全体で? どうやって?」

 何十人……いや、何百人ものガリア封じのバグルスを配置しているというのか!?

 マオン=ランが首を振る。


 「私めには、どうやっているかなどと……分かりようもありません。ただ、聖地由来の秘術と聞いております。どのようなものかは、まるで分かりません」


 試しに、スティッキィがこっそり闇星あんせいを出そうとしたが、出なかった。

 「ほんとうだ」


 「お止めください、スティッキィ様……天限儀封じの秘術といいましてもこの広さ……完全ではありません。何かの拍子で出てしまう時もあると聞き及びます。それが見つかったら、死罪です!」


 「そうなんだ……」

 スティッキィとライバが口をひんまげて肩をすくめた。

 「気をつけてよ、カンナちゃん……いちばんカンナちゃんがあぶなかっしいわあ」

 「えっ、どうして?」


 「あのねえ、カンナちゃん。ウガマールの奥院宮おくいんのみやでもそうだったと思うんだけど……こういうところはねえ、一番えらい人でも……いいえ、一番えらい人だからこそ、キマリを曲げられないのよお。個人の好き嫌いより立場のほうが重要ってこと。だから、カンナちゃんが間違ってガリアを遣ったら、皇太子妃がカンナちゃんを罰しないといけないの」


 カンナは、ポカンとしている。

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