第629話 第3章 1-3 黄昏の後宮
おっかなびっくり宮殿内をしばらく歩き、三人は、それは豪奢な部屋へ通された。宮殿は
召使が少女を螺鈿も見事な円卓の椅子へ座らせ、茶を用意する。三人も、同じ卓へつくことを許された。嗅ぐだけでとろけそうな香が焚かれている。
「ここは我の私室ゆえ、気づかい無用。ただし、ここで我を話をしたことは他言無用。そして、明日よりは、我と口をきくことは許されぬ。とくに、そなたと、そなたは」
少女がカンナとライバを指す。二人は、意味が分からず見合うだけだった。
「ところで、おたく、どなた?」
スティッキィが眉をひそめて云い放った。その物云いに面食らったのだろう、少女が目を丸くして息をのみ、そしてふき出して笑い始めた。
「これはこれは……我は皇太子妃のディスケル=ドゥア=ファンである。そなたたち、名はなんともうす?」
「わたし……は、スティッキィ」
「私はライバです」
「…………」
カンナがいつまでも黙っていたので、三人が注目する。カンナは、皇太子妃のあまりの美しさと神々しさに見とれていたのだ。
「あっ……あっ、あの、カカ、カ、カンナです……」
皇太子妃がにっこりと笑った。
「そなたが、カンナ……封神と降神の両方の力を持つ
意味が分からず、カンナがライバとスティッキィを見たが、二人とて分かるはずもない。また皇太子妃を見る。
「ところで、ここからが本題。御三方は、ここでひと月のあいだ、身を隠してもらおうぞ。その間、スティッキィを新たな
「わたしを? ……ですか?」
皇太子妃がうなずく。
「なあんでよお」
「その前に、茶を飲むがよい」
カンナは用意された小さな茶器を見てハッとした。パーキャス諸島でギロアに飲まされたディスケル=スタルの美しい色と香りの液体だ。ただ、これはその時より数十倍……いや、もしかしたら数百倍は高価であろう器と茶だろうが。
「いい香り……」
スティッキィもその器を手に取り、あまりの豊潤さに驚く。花と果物の香りがするが、混ぜ物は一切ない。純粋に発酵の調整のみでこの香りが得られる。
「落ち着いたか。落ち着いたならば聴け。そなたらがここに来ることは、聖地により予想されておる。なぜなら……分かるな? 彼の地で彼の者に、そう云われたはずだ」
三人は、懸命に思い出した。なにせ、とにかく急いでいた。というか急かされた。あの、次元の隙間で出会った「とある人物」に。「その人物」については、第八部で語られるだろう。
「う、うん……なんか、聴いた気がする」
カンナの声に、皇太子妃が真顔でうなずく。
「それを伝達する準備にひと月かかる。そういうことだ。それまで待て。そして、聖地の間者より身を隠し、襲われたら撃退せよ」
「なある……」
スティッキィが片眉を上げてうなずいた。
「だけど、後宮なんて、物語に聞くだけだけど何千人も女がいるんでしょう? どいつが間者だなんて、わかりっこないわよねえ」
「それは二百年も前の話ぞ。いまは、せいぜい召使も含めて五十人ほどよ」
「へえ……」
「黄昏の後宮ぞ」
自嘲的な笑みで、皇太子妃は顔をゆがめ、手ずから茶のお代わりを淹れた。
「数は少ないが、そのぶん風当たりは強い。側室が二人。その他、側室候補が何人かおる。が、実態はその二人の狭い派閥争いをする遊び場よ。一人はアトギリス=ハーンウルムの姫。一人はカンチュルクの姫だ。ディスケル=スタルの皇帝家はアトギリス=ハーンウルムが最も多く皇后を輩出しておるが、我はそうではない。それが気に食わぬ模様」
「ちょっとお、そこにストゥーリア人の得体の知れない商家の娘が、側室候補でございと乗りこむのお?」
スティッキィが美しい蒼い眼を見開いて、驚愕の声を出す。
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