第604話 第1章 4-4 襲撃の霧の谷

 一行は近くで休むことにした。簡単な食事の後、マラカがすみやかに消えた。あまりに自然に消えたので、ラマナとタカンはいなくなったのに気づかなかった。また、ドゥイカは用足しにどこかへ行ったと思い、いつまでも帰って来ないので心配した。


 「なに、あやつは元より斥候よ」

 「そうなのか」

 しばし休んで、出発することとしたが、マラカは帰って来なかった。

 「だいじょうぶか?」

 「だいじょおぶよお。たぶん、見えなくなってそこらで見張ってるんだわ」


 マレッティがすました顔で答える。つまり、マラカもガリア遣いということだ。ドゥイカとラマナは納得し、歩きだした。


 すぐ近くに、下り口はあった。下りるといっても、階段や獣道があるわけではない。谷底までいくつか大きな岩や木が突き出ているていどだ。あとは黒々とした溶岩がむき出しにそそり立っている。


 「じょおだんでしょ? あんたら、こんなの下りれるってえの!?」

 マレッティが眼をむいた。

 「まあ、まて」


 ドゥイカが目配せし、ラマナがすっと右手を振ってそのガリアを出す。地味な手鋸てのこぎりだった。


 たちまち、その鋸を遣ってそこらの木の枝を切り落とし、いないマラカも含めて人数分の短い棒を作り上げた。


 「……これで、どおしよおってんのよお」


 「私のガリアは、落ちる速度がゆっくりになります……なんですけど、こういうときに役立つと思い、同行しました。まず私がやりますから……ドゥイカ、あとは説明してちょうだい」


 「ああ。みんな、ラマナの云う通りにやってくれ」

 云うが、ラマナがその棒を両手で持って頭上に掲げ、そのまま崖から飛び下りた。


 驚いて谷底を見るが、なんと……ラマナはゆっくりと宙を舞うようにして下りてゆき……岩場などへ足をかけながら、ふわふわと見えなくなった。


 「……いいわよお!」

 谷底から声。

 「ひゃあ……」

 マレッティが驚きの顔を崩さない。

 「次はだれだ?」

 「いや、ちょっと、いきなりやれって云われても……」

 「私がやろう」


 タカンが面白そうに目を輝かせ、パオン=ミが止める間もなく、棒を持って崖から飛び下りてしまった。


 「あっ……」


 と思ったが、タカンはふわりふわりと風に乗って、やや離れた場所まで無事に下りて行った。ばさばさっという音がし、藪の中に落ちたのがわかった。


 「少し離れおったぞ……良いのか」

 「急ごう」

 「では、次は拙者が」


 いつの間に現れていたのか、マラカがさっさと崖から勢い良く飛び下りる。あわてて残る三人もあとに続き、全員が崖下へ下り立った。木々が密集し、かなり藪が深く視界がきかない。


 しかも、上からは見えなかったが、霧が出ている。崖の中程には風もぴょおぴょおとふいており、逆に谷底は空気が淀んで霧が溜まっていたのだ。


 「ひい、ふう、み……」

 パオン=ミが人数を確認すると、肝心のタカンがいない。

 「おい……」

 流石に色めき立った。

 すぐにマラカが消える。パオン=ミも、呪符を放った。

 「タカンせんせえー!」

 マレッティが叫んだ。

 返事は無い。


 ドゥイカが、ガリアである片手持ちの鎌を出している。柄のところに、素朴な魚の形が掘られていた。


 すると、風もないのに霧が流れる。ガリアの力だった。

 「霧が出ていて良かった……私のガリアは霧を操る。すぐに、居場所がわかる」


 そう云うが、パオン=ミとマレッティは、戦い慣れていないフローテル達には分からない独特の緊張感に冷や汗をかいた。つまり、敵のガリア遣いに完全に狙われているこの殺気だ。


 ピピッ、と小鳥が近くの小枝から素早く飛んだ。


 それが、ドゥイカの眼前でなにかと衝突し、バシッ! と音を立てて砕けた。小鳥はパオン=ミの呪符だった。


 「伏せて!」


 マレッティが叫び、ドゥイカを抱きかかえざまに押し倒す。音もなく銀色の短矢が木々の合間を縫って大きくカーブを描きながら飛んできて、二本がパオン=ミの呪符に相殺され、一本がラマナへ突き刺さった!!


 「ラマナ!」

 ドゥイカが叫ぶ。ラマナは後ろにふっとんで倒れ、胸を貫かれて即死した。

 「ラ……」

 ドゥイカが歯を食いしばった。やはり、ガラン=ク=スタルの襲撃だ!

 「このガリアは!」

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