第601話 第1章 4-1 タカン

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 冷たい春雨が降りしきる中、竜脂りゅうしを染みこませた木綿と竜革地のフローテル伝統の合羽めいた雨具を着て、同じく硬い竜革に竜脂をしみこませた防水の笠をかぶっている精鋭のガリア遣い五人がそろった。パオン=ミ、マレッティ、マラカ、ドゥイカと、もう一人、フローテルから壮年の女性がついた。壮年の女性には同じ歳ほどの夫と、マレッティほどの歳の娘とその子である孫、それに十代の息子がいた。またドゥイカにも幼い娘が二人と、少し年上ほどの夫が見送り出てきている。ドゥイカは仲間の女性をマレッティ達へ紹介した。名をラマナ、といった。


 そして、頑丈な木の牢へ入れられていた細面の男性も連れてこられた。射干玉ぬばたま色の総髪も艶やかに、質素だが良い生地の衣服を着ていた。ディスケル=スタルの服と似ているが、独自に進化しているものだった。後ろ手に縛られ、顔は無精髭にやつれていたが、眼光が鋭い。いかにも口が固そうだ。歳の頃は、四十代の中頃といったところだった。


 パオン=ミは、一目で間者かんじゃと見抜いた。間者が古代バスクス神像の何を調べていたのかは分からないが。


 その男性、パオン=ミを見るや、ディスケル=スタル共通語の北部ディシナウ語で流暢に話しかけてきた。


 「其方はカンチュルクの者か? なぜ、いつからここにいる?」

 パオン=ミは、内心ほくそ笑んだ。これならば、極秘交渉も可能だ。

 「こいつ、何か国語をしゃべれるんだ」


 ゲルンが驚いて云った。聴けば、ガラン=ク=スタルの共通語であるガラマ語で簡単な意思疎通をしていたという。


 「貴方と同じく、訳ありですよ、殿下」

 ディシナウ語でパオン=ミが答えると、男はやや口元を曲げ、うれしそうにうなずいた。


 「なあ、君、助けてくれないか。私をホレイサンまで無事に送り届けるよう、この者らを説得してくれ」


 「云われずとも、彼らはそのつもりですよ」

 「なんだって……?」

 男が、こんどはガラマ語でゲルンへ向かって、

 「助けて、くれる、のか?」

 「そうだ。だが、条件、ある。私ら、ホレイサンの森へ移り、たい。わかるか?」

 「森?」

 ゲルンがパオン=ミへ、通訳を頼んだ。もっけの幸い!


 「この者ら、ガラン=ク=スタルの軍閥から攻められる気配があるそうで、ホレイサンの森へ移り住みたいのだそうです」


 「なるほど……ま、私の一存で確約はできないが、口添えはできよう」


 パオン=ミがそれを通訳し、ゲルンが手を上げると、後ろ手に縛っている頑丈な縄が切られ、男は解放された。


 ほっとして、男はパオン=ミへ礼を云った。


 「感謝する。私はタカンだ。ホレイサンの、アシ=クガ大学校の教授をしている。専門は、お察しの通り古代バグルスクス信仰でね……」


 ホレイサン=スタルにある七つの宮家のうち、タカ=マル宮家に学者の親王がいることをパオン=ミは既に思い出していた。きっと、彼はそのタカ=マル=マヒコ親王その人だろう。タカンはもちろん偽名だ。まさか、皇位継承権を持つ要人がお忍びでこんなところまで調査にきているとは……パオン=ミでなくとも、何事かと思うだろう。


 「その話は、道中、おいおい。私はカンチュルクのパオン=ミと申します。こちらがストゥーリアのマレッティ、こちらはラズィンバーグ周辺のスネア族のマラカといいます。二人はサティラウトウの地より参りました。この三人で、どうしても聖地へ行きたいのです。どうか、ご協力を」


 「できることはしよう。しかし、私の権限を越えることは確約できないぞ。特に、サティラウトウの人間が聖地へ入るなどと……」


 タカンが、あからさまに嫌そうな顔となる。彼ですら、聖地へは何度かしか行ったことが無い。いや、入ることを許されていない。


 「それは、もう……」


 さすがに、どうしようもない。それは分かっている。やはり、命懸けで忍びこむしかないのだ。


 パオン=ミはタカンへ着替えと、同じような雨具を用意させた。タカンが小屋でそれらへ着替え、六人は出発した。



 無言のまましばらく雨の森を歩いて、その日は夜まで歩き通した。驚いたことに、タカンがおそるべき健脚で、まったく遜色なく一行のペースへ見事につき従った。つまり、ふだんよりかなり歩いていることを意味する。

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