第589話 第1章 1-5 孤独を呼ぶ声

 マレッティはにわかに一人となってしまった。簡易かまどの火も細く、急に風が出てきて身を縮めた。天を仰ぐと真っ暗だったので、雲が出てきたのだろう。この距離では、見上げると首が痛くなるリュト山脈の稜線もうっすらと見えていたが、いまや漆黒に溶けてしまった。


 「さむっ」

 マレッティ、ぶるっとひと震えし、テントへ引っこむ。

 「倒すったって、相手が見つからないんじゃあ、どおしよおもないじゃないねえ」


 ちょっとやそっとのバグルスでは驚きもしないマレッティ、テントへもぐりこむや、横になってすぐに寝息をたてはじめた。しかし、気は研ぎ澄ませている。バグルス、竜、暗殺者……どれが忍びよってもすぐさま対応できる。


 だが……マレッティ、「死の再生」ダール・ガラネルの真の力は知らない。ユホ族の村で、カンナたちはどれほど苦戦したかを。しかも、バグルスの分身ではなく、その本人の真の力を。マラカや、ましてパオン=ミの呪符による探索と警戒を難なくすり抜けて近づいてくる足音は、生者せいじゃのそれではないことを。


 「……?」

 何刻寝たかも分からぬ、漆黒の中。

 マレッティは自然に目を冷ました。


 こういう時の自分の感覚は、信用したほうがいい。歴戦のマレッティは経験で分かっている。


 既に掌の内にうすぼんやりと光る光輪を出している。ガリア「円舞光輪剣えんぶこうりんけん」の出す光のリングスライサーは、その明度を調節できる。スティッキィの闇星あんせいのように漆黒にはできないが。


 「……」


 マレッティは半身を起こし、素早く身構えた。風の音へまじって、たしかに声が聞こえるではないか。


 マラカかパオン=ミが帰ってきたかと思ったが、あの二人が闇の探索中に無駄口など絶対にきかない職種であることを考えると、例の追跡者であると判断するのが自然だ。しかし、呼びかけてくるとは予想外だ。しかも、


 「……ティ……マレッティ……マレッティ……」

 などと、自分の名を呼ぶではないか。マレッティは恐怖より怒りに震えてきた。

 「舐められたもんねえ!」


 殺意に我を忘れ、ゆっくりと片手でテントの入り口を締めるボタンをはずし、すみやかに出た。


 とたん、まばゆく光る光輪を複数だし、照らしつけた。自分は自らのガリアの力なので、眼は光につぶされない。だが相手は、完全に目くらましだ。


 どこの暗殺者か知らないが、自分を知っているということはヴェグラーだ。とんだ裏切りである。いや、結果としてマレッティたちがつぶした暗殺者組織「覆面」か「仮面」の生き残りかもしれない。どっちにしろ暗殺者が呼びかけてくるなどと……ふざけすぎてはいやしまいか。


 だがマレッティ、光の中に浮かび上がった「人物」に固まりついた。


 その顔を、もう忘れていた。いや、強制的に記憶から消した。消したはずだった。自分と双子の妹スティッキィそっくりで、もっと病的にか細いその顔……父親が死んでから狂ってしまったその狂気の笑顔……そして自分が殺したときもニタニタ笑っていたその顔……!


 「かあ……さ……ん……」

 マレッティ、腰が抜け、がっくりと地面にへたりこんでしまった。

 「マレッティ……元気だった……?」


 マレッティの母、ビーテルは、夫であるシュターク商会代表のバーチィがグラントローメラよりの買収交渉の揉め事で殺された際に精神を病み、そのまま商会が破綻して、マレッティとスティッキィの双子の姉妹が遊郭に売られた後も姉妹の宿舎へ三人で住んでいたが、やがてスティッキィも発狂した際にマレッティは二人を抱えきれずに発現したガリアで殺してしまったのである。


 しかし、スティッキィが実は生きていて、同じくガリアにめざめ、暗殺者となってマレッティの前に現れたのは第三部で述べてある。


 まさか、母親も生きていたというのか!? スティッキィがそれを隠していた!? いや……そうだとしてもここにいるわけがない!!


 マレッティ、よくわからないがこれが敵の攻撃であると判断し、歯を食いしばってガリアである円舞光輪剣を出した。


 出したはずだった。


 ガリアは、心だ。精神の発露だ。頭や身体が反応しても、魂が反応しないとガリアは発現しない。


 光輪が消え、闇が戻った。

 「……!!」


 マレッティは自分がここまで動揺し、母親を殺したことを死ぬほど後悔しているのを必死に隠していたことを自覚した。


 出ない。ガリアが出ない!

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