第571話 第3章 4-1 クィーカの願い

 「……ど、どうした、カンナ……」


 ウォラが一瞬、茫然とする。カンナは我に返った顔で、ブツブツと何かをつぶやいていた。右の耳に右手を当てている。何かを聴いているのか? ウォラは推移を見守った。


 「カンナ、カンナ……待って……アート様をゆるして……」

 「……クィーカ……?」


 カンナの耳に聞こえたのは、まぎれもないクィーカの声……ガリアの「音の玉」だった。

 「わたしが……わたしを助けるために……アート様が……ふごっ……だから……」

 カンナ、瞬時に理解した。クィーカが人質にとられている!?

 「どっ、どこにいるの? クィーカ!」


 と、辺りを見まわし、叫んだが、このクィーカのガリアは一方的に声が聞こえるだけで相互の会話はできない。


 「だっ、だから、アート様をゆるして……それに……レラを……レラを助けてあげて……!」


 カンナは改めて……いや、いま初めてまじまじと対峙するレラを見つめた。全身が返り血に濡れ、それが乾いて血化粧となっている、自分より細く年下の小柄な少女を。真っ白いバグルスの肌に、マイカと同じ黒鉄色の髪。まったく自分と同じだ。眼は良いようだが……。その瞳が、うっすらとガリアを映して薄い紺に光っている。その表情は今のところは無表情……いや、仏頂面だ。


 「つまんない」

 「え?」

 レラが少年めいた声をだした。カンナ、戸惑う。

 「つまんないよ、カンナ」

 「あたしの名前を……」

 「もっと、さっきの……さっきの力を出してよ。この前みたいに……でないと……」


 レラが、スッとやや前屈みへ無意識に膝をゆるめる。戦闘態勢だ。カンナはその構えの意味が分からず、無防備に突っ立ったままである。


 「カンナ、身構えろ!」


 ウォラの声も、余計にカンナの注意を散漫させただけだった。カンナが、えっ? と、ウォラのほうを振り返ったからだ。


 「バカ、前を向け!」

 「えっ?」

 もう、レラが暴風を解放する。

 「でないと、勝負にならないよ!!」


 すさまじい風圧が、ウォラや見物席のスティッキィとライバ、そして貴賓席の神官長までも襲う。砂塵が猛烈に舞い上がり、カンナなど一撃で吹き飛ばされる風速だ!


 が、雷紋らいもん黒曜こくよう共鳴剣きょうめいけんが無意識で発動した!


 ドゥン! 共鳴が暴風を押しのける。力は同等だった。今のところ。ダン、ダァン、ガガアァァ!! 風が打ち消されてゆく。逆に、カンナの共鳴がレラをとらえる。とにかく、カンナは意識を保ったままレラへ対抗できた。無意識の殺意のままだったら、どうなっていたか。勝っていたかもしれないが、自分以外は皆殺しにしていたかもしれない。スティッキィも、ライバも、ウォラ、神官長も、そしてアートも!


 「カンナァ!」

 レラもガリアを出す。風紋ふうもん黒玻璃くろはり重刃刀じゅうはとう


 それを下段にひっさげ、一直線にカンナへ向かった。ガリアの効果が同等ならば、純粋な剣技がものをいう。カンナはド素人だが、レラは短期間とはいえ超必殺殺人剣術の直伝を受けている!


 だが、カンナはこの一年の実戦の経験があった。ガリアの力をただぶつけるだけではない、応用の戦い方を自然に会得している。


 レラは下段からサッと八相に構えなおし、上半身を微動だにさせず、真正面から滑るがごとくカンナへ迫る。カンナからは、まるで滑ってくるように錯覚し、間合いが取れない。ゴウ、風が吹きすさんだが、カンナの振り上げる黒剣が共鳴を発し、風を弱めた。どうせ、ガリアの力は相殺しあう。レラは先日の戦いでそう判断し、手始めに剣で勝負を挑む。カンナの剣の腕前など、棒を振り回す子供のほうがましなはずだった。


 「エイ!!」


 気合の発声と共に、黒刀の切っ先が上段からきれいな弧を描いてカンナの脳天を寸分違わずとらえる。カンナは避けたつもりだったが、まったく避けられていなかった。カンナの頭上へ黒光りする切っ先が迫る。


 とたん、ブウン! と音がして、音響の塊が刃を滑らせた。

 「!?」


 レラ、初めての感触に戸惑う。体制を崩しかけたが、すかさず振りかぶり、もう一度必殺の間合いでカンナの頸動脈めがけて袈裟に斬りこむ。だがそれも、ウァン! と、刀が跳ね返された。

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