第495話 第3章 3-2 レストの力
「それはそうと、首尾はどうなのだ」
レストが、真面目な顔つきとなった。
「モルトンとバーリンの両部族は、他の族長たちの説得に応じて、ユホを見限るそうです。他、ラズィンバーグ直轄の住居村と宿泊村は、ナランダ局長が住民局や総務局と話をつけ、総督と副総督の許可も得ましたので、問題ありません。避難を望むものは、都市内に避難所を確保してあります」
「副総督の許可を得たのか」
パオン=ミが感心した。ゾンナター族の長老の話では、副総督は、紫竜信仰の信者ということだったが。
「生贄の教えの信者であるとは、自分から云えませんでしょう。それに、本当に生贄の儀式をするとは思ってなかったようですよ。そこまでのめりこんではいなかった、ということでしょう。将来的に、総督の地位を目指すため、利用できるとふんだだけなのでは?」
「どうだかな……」
パオン=ミは懐疑的だった。密かに、都市内で生贄の儀式を司っているかもしれない。都市政府の有力者に信者がいるのだ、それくらいの地位は与えてしかるべきだろうし、むしろガラネルならば絶対与えて懐柔している。保身のため、知らなかったふりをしている可能性はある。
「どっちにしろ、この仕事が成功すれば、ナランダ局長の発言力はいや増します。遠からず、副総督は地位を追われるでしょう」
「手を緩めず、そちらもこの機会に追いこみ切ってしまうことだな」
「ですね」
レストがうなずく。スティッキィは歳のわりに世の中を知り尽くしたような態度のレストが、ますます嫌いになった。カンナは、素直に感嘆している。
(きっと、生まれつき頭がいいんだろうなあ)
そう思った。うらやましい限りだ。自分はもう、話についてゆけぬ。
「じゃあ、もう、攻めこんでいいんじゃないのお? ユホ村の様子はどうなのよお、パオン=ミ」
わざとらしく、レストを横目で見ながらスティッキィが大きな声を出す。パオン=ミも、「そうさのう」などと云いながら、レストを凝視する。
「いやだなあ、だから、僕は裏切ってませんって」
「裏切ったなどとは云うておらぬわ。最初からガラネルの手下ではないかと云うておるだけよ」
パオン=ミ、もう、すべてぶちまける。返答や態度如何では、ここで殺してしまう覚悟だ。スティッキィも、腕組みをしている手の内に、分からないように
「そう、おっかない顔をしないで下さいよ、お姉さんがた」
レストが困ったような愛想笑いを見せる。二人の表情と緊張感は変わらない。やや、長いようで短い時間が流れる。
「わかりました。正直に云いますよ……」
レストが嘆息した。すっと小さく息を吸い、
「ガラネルの手は、お二人が思っているよりずっと長いです。デリナより長い。わかりますでしょう? パーキャスにバグルスを派遣してましたし、副総督ですら信者なんですから」
パオン=ミとスティッキィが固まりついた。レストは、ニヤッと、耳まで避けたような、狂気的なまでの笑みを浮かべる。
と、ようやくお茶を淹れるため、盆の上に茶器を用意した管理人の中年女性が食堂へ入ってきた。
瞬間、猫が捻り潰されたような凄まじい声で鳴いた。
レストが消えた。
「なに…ッ!!」
パオン=ミも、スティッキィも、何が起こったか分からなかった。
管理人が悲鳴を上げて盆をひっくり返すその足元を、レストのガリアである猫が走って逃げた。
遅れてスティッキィがそのあとを追ったが、猫はもうどこにもいない。
茫然と、開け放たれた玄関でスティッキィが立ち尽くした。
響き渡るスティッキィの怒りの金切り声を聞いてパオン=ミ、感心して、椅子についたまま、笑ってしまった。
「次はもう容赦しないから、視界に入った瞬間に、ガキといえどもズタズタに引き裂いてやるから!」
管理人が割れた食器を片付け、新たに淹れてくれた紅茶を前に、スティッキィの怒りがおさまらぬ。子供に一杯食わされたのが、よほど悔しいようだ。パオン=ミはもう割り切って、
「ま、よいわ。事ここに到って、特段、悪手に進展せぬだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます