第490話 第3章 1-1 ナランダ

 「都市政府には都市政府よお」


 というわけで、レブラッシュを通じ、何かしらストゥーリア政府よりラズィンバーグ政府へ動きを起こそうというのだ。


 (話が大きくなってきた……)


 こうなると、カンナにはもう、事態全体を見渡すことができなくなる。なすがまま、二人の云う通りに動くほかは無い。


 呪符で都市政府を探っていたパオン=ミが、たったの一日で目的の「人物」をつきとめる。


 それは、ユホ族を含むラズィンバーグ周辺諸部族統括担当局長のナランダという人物だった。年齢は四十八歳で、この世界では既に初老だ。ただ、都市政府に長年勤め、先祖の身分も高かったので生まれてからも良い暮らしをしており、見た目よりかなり若い。髪をきれいに整えた、すらりとした痩身をいつもこぎれいに着飾って、どこか貴族然とした態度を常に保っている。意味もなく尊大なので、周囲や部下のウケは余りよくないが、仕事はしっかりしていた。几帳面な性格だ。局長なので、都市政府でも数人しかいない地位にいる。序列で云うと、局長職は総督と副総督に次ぐ三位だった。ラズィンバーグに局長級は、周辺諸部族統括局長ナランダを含め、工房や商店を管理する商工局、住民管理の住民局、庶務総括の総務局、そして石垣を含む都市機能の修理や工事を行う工務局と、全てで五人いる。


 局長室で、ナランダは美人の秘書を二人置き、軽薄で酷薄な雰囲気とは裏腹に、わりと真面目に執務をしている。なにせ局長であるから、書類仕事は決裁が主で、仕事のほとんどは要人との会合と、幹部会議による都市政策の決定だ。


 秘書は、二人とも周辺諸部族より優秀なものを選りすぐっている。一人はヴァーチェ族、一人はバンロート族だった。どちらも、いわゆるラズィンバーグ派の部族だ。ナランダとしては、ラズィンバーグ派ではない部族からももっと政府で働いてほしいと思っていたが、なかなか部族の方が「誰が都市政府などで働くか」という空気なので、どうしようか思案していた。


 そこへ、緊急連絡鳩電で、ストゥーリアから手紙が来た。


 スティッキィがマレッティと連絡を取ってから、二日後という速さだった。というのも、パオン=ミの呪符が鳩に化けて、超高速で運んだからである。どんな高級で優秀なレース鳩を使っても、パウゲンを超えるストゥーリア~ラズィンバーグ間は、四日かかる。流石にこれは、ガリア同士の念力通話のみというわけにはゆかない。


 いかにも自然に緊急伝が来たように装って、符が化けた鳩は都市政府庁舎の専用鳩小屋へ入った。書類の日付をちゃんとそれに合わせて二日遡るという芸当も忘れない。


 係の役人が封筒を確認して、まず総務局へ持ちこまれ、ストゥーリア政府の市章や印璽を確認し、すみやかに宛て先のナランダの部屋へ届けられる。周辺諸部族の問題や統括を担当するナランダに他の都市国家から連絡がくるのは非常に珍しく、ナランダはやや訝しがって丁寧に高級な竜角製のペーパーオープナーを使って書類を開封する。


 中からは、ストゥーリア都市政府総督の紹介状と、レブラッシュの手紙があった。一読し、ナランダは驚くと同時に何度も感心してうなり、三度ほど読み返して、秘書にラズィンバーグ紅茶の最高級葉銘柄「ラズラル」を所望した。


 それを受け皿ごと持って窓際に立ち、高い建物の上階から複雑に入り組んだ街並みを見下ろす。


 「き、局長、お客様です……」


 秘書の一人が困惑げに、取り次いだ。アポ無しだったからだ。しかし、アポは入っていた。いま、このレブラッシュからの手紙で。


 「お通ししなさい」


 その答えにも困惑し、秘書は三人を通した。つまり、カンナ、スティッキィ、そしてパオン=ミである。


 「ようこそ。華麗なる手際、感服しました。さ、こちらへ……」

 応接間へ、三人を通す。秘書が紅茶を淹れ、四人分用意した。

 「ナランダです」

 三人も名乗りを上げ、それぞれ握手した。話は、パオン=ミがきりだす。


 「お話しの前に……局長殿、飼い猫は、この部屋にはおりませんな?」

 「猫ですか?」

 ナランダが、軽く笑う。

 「私は猫など……」

 そこまで云い、ハッとして、


 「ああ、いや、たしかに飼っております。私個人ではありませんがね……この局で飼っているのですよ。餌代は政府の予算です。それがどうか?」


 「では、たしかに、我等はいま、局長殿の仕事を請け負っておる」

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