第480話 第2章 3-4 ダールの値段

 「ラズィンバーグ周辺には古くから少数部族がたくさん住んでまして……いま、その数は十四です。それらは、人種的にはほとんど同じだそうなんですが、昔から仲が良かったり悪かったりで……それぞれ都市国家に味方し、中には竜の国と同盟を結んでいる部族や、完全中立をしている部族も。その中に……」


 「既に死竜教団に深く食いこまれた部族があると……」

 「ご明察」

 パオン=ミの顔が、やや渋くなった。まさかとは思ったが、そこまでとは、という顔だ。


 「で、教団を取り除くのが仕事か?」

 「平たく云えばそうですが、ちょっと違います」

 「と、云うと?」

 「ダールのガラネルが、いるそうなんです」

 「なにい!?」

 さすがのパオン=ミも声を荒げる。

 「ガラネルが!? 何故なにゆえ!?」


 「知りません。それを調べ、排除してください。ガラネルさえ除けば、教団は教主を失ったも同じ。どうとでもなるということです。報酬は、千五百カスタ」


 「せんごひゃくカスタ!?」

 驚いたのはカンナだ。

 「それが、ダールの値段ですよ。質問はありますか?」

 三人は無言だった。が、すぐにスティッキィが、口をとがらせて、

 「あんたと連絡とりたいときはどうすんのよお」

 とだけ、云った。

 「こいつが……」

 レストは腕の中のガリア猫をやや持ち上げる。


 「そこらにいると思いますので、話しかけてください」

 「なある……」

 スティッキィが、殺気を混ぜた目を向ける。

 「監視されるんだ」

 「滅相もない、連絡ですよ」


 レストは怯みもしない。慣れ切っているかのようだし、スティッキィなど敵ではないとでも云いたげな雰囲気だ。どれほどこの少年は修羅場をくぐり、この単なる猫のガリアに自信があるというのか。


 「わかった、わかった。では、そのための調査から入るのだから、これは長期戦ぞ。期日は儲けぬ。さきほどの契約に条項があったが、前金をもらいたい」


 「前金は、条項とおり、最大で三割。四百五十です。全額、受け取りますか?」

 「あたりまえだ」


 「では、必要経費ということで、会計担当者へ伝えておきます。お金に関しましては、僕に権限がありませんので、また別の日に改めまして」


 「承知」

 レストは席を立ち、さっさと出ていっった。管理人の中年女性が見送った。

 「さて、さて……」


 パオン=ミが腕を組みつつ、やや沈思して、その後の打ち合わせを始めた。スティッキィもカンナも、いきなり事態が変な方向へ動いたので、引き受けておいてなんだが、やはり戸惑う。


 「なんにせよ、下調べをしておくので、安心せい」

 そう云うパオン=ミ自身の声が、不安に満ちていた。



 4


 翌日、昼食後、二人目のガリア遣いが来た。

 今度は、サラティスのモールニヤからの手紙を持ってきたので、まだ信憑性がある。

 「カンナ、起きておるか? カンナ!」

 パオン=ミが再びカンナの部屋のドアを叩いた。

 「おきてるよう……」

 明らかに寝ていたふうで、カンナが現れる。

 「客人ぞ」

 「また?」

 三人と来訪者が、先日と同じように食堂の席につく。


 今日、来たのはウガマール人だった。見た目はサラティス人にも近いが、褐色肌で髷のようにまとめた髪は漆黒、黒々と輝く目は大きく目鼻立ちがすっきりと濃い。背がすらりと高くて華奢な印象だった。服はサラティスで整えたのものか、ウガマール特有のゆったりとした麻布を巻きつけたものではない。そんな恰好では、この時期は風邪をひく。


 もちろん、女だった。歳のころは、二十歳前後ほどか。


 カンナにとっては懐かしいウガマール訛のサラティス語で、女は大きな眼を表情豊かに動かし、口を開く。


 「キリペと申します。カンナさん、これはサラティスのカルマにおりましたモールニヤさんからの紹介状です。どこに住んでいるのか分からなかったもので……こちらの正体を明かし、教えてもらいました。そして、これがクーレ神官長からの手紙です」


 「神官長さまから!?」

 カンナが飛び上がって驚いた。まさか、神官長から直接連絡が来るなどと……。

 受け取る手が動揺で激しく震える。

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