第476話 第2章 2-3 デリナとガラネルの痕跡

 「アーリーだって竜国の人よねえ。ダールだけど。アーリーみたいな大きい女の人って、そっちの国には、たくさんいるわけえ?」


 「そんなわけがあるまい」

 パオン=ミも、不敵な笑みを浮かべた。

 「この大きさの足跡ならば、ダールでまちがいなさそうじゃ」

 「ダール? アーリーってこと?」

 「アーリー様ではないな……歩幅がちがう」

 「じゃ、だあれ?」


 「当時、ディスケル=スタルには、ダールは二人しかおらん。すなわち……デリナか、ガラネルよ」


 ガタン、音とがして、二人があわてて身構える。カンナがよろめいて、何かにぶつかった音だった。


 「どうした、大丈夫か」

 「いや……うん……」

 カンナは目眩めまいがして、よろめいた。息が苦しい。くらくらする。

 (マレッティと……デリナが……何年も前に会ってた……!?)


 暗くてよく見えないが、カンナは青ざめ、小刻みに震えていた。

 「具合が悪いのなら、ここで待っておれ。我等は、先へ行く」

 「いや、大丈夫。わたしも行く」


 カンナは立ち上がった。ここで何があったのか、確かめなくては。スティッキィではないが、あの、死の教団との関係も気になる。


 「よし、ではこっちぞ」

 パオン=ミが先導し、奥へ向かう。


 (ク……ククッ……マレッティのやつ……アーリーと出会う前から敵とつるんでたかもしれないなんて……やるわねえ……さすがねえ……。でも、きっとアーリーは、そんなこと、とおっくのとおにお見通しだと思うけどお……)


 こちらも暗くて見えないが、スティッキィの顔は狂気的なまでに、愉悦にゆがんでいる。


 パオン=ミ、スティッキィ、カンナの順に通路を進み、やがて奥の物入れのような部屋へ入った。パオン=ミの白熱呪符の光と、カンナの球電の光に、ぼんやりと中の様子が見える。整然と棚があり、かつては宝石や装飾品がずらりと並んでいたであろうことが推測されたが、いまは埃しかない。


 「やあねえ、みんな持ってかれたのかしら」

 スティッキィが残念そうにつぶやいた。

 「こっちぞ、隠し通路だ」


 ぽっかりと開け放たれた隠し扉の奥に闇があり、臆することなくパオン=ミが入る。二人も続いた。入ってすぐにほぼ垂直の梯子があり、注意して三人は降りた。下りると短い通路があって、角を曲がると、両開きの扉とその奥の地下室が見えた。


 広い空間に入って、まずパオン=ミがさらに呪符を放り投げ、白い光の粒を八つほど出す。そしてカンナも球電をもう二つ、合計で三つ出した。にわかに明るくなって異質な空間が眼前に広がり、三人は目を細めた。


 「ほう……」

 パオン=ミが感嘆の声を発した。


 正面に祭壇のようなもの。その前に寝台のような、人一人が寝ることのできる大きさの台。それ以外は、燭台や、よく分からない道具が乱雑に散らばっている。天井のど真ん中に、外から破られた、あの空気と明かり取りの格子窓があった。


 「ちょっと、明かりが漏れるんじゃなあい?」


 スティッキィ、その破壊された格子窓を見上げてつぶやく。それもそうだと、パオン=ミは呪符を一枚、放り投げる。それが大きく広がって黒い布となり、ピタリと窓へ張りつき、明かりを外へ漏らさぬようにした。


 そして、改めて室内を見渡す。


 なにより驚くのは、その血の量だ。土埃の下で、どす黒く変色した血液が床一面にこびりついている。それへ無数の足跡があって、おそらく死体を引きずったであろう跡もあちこちに線模様を描いていた。


 見渡すと、壁にも、血が幾重にも重なって飛び散っている。血飛沫が細長く壁へ幾筋もの軌跡を描いている。


 (……これは、マレッティの円舞えんぶ光輪剣こうりんけんにやられたんだわ……)

 めざとく、スティッキィが推察した。

 (まちがいなく……ここでマレッティが何者かと戦って……ダールと一緒に逃げた……)

 「みな、あれを見よ」

 パオン=ミが、明かりを祭壇の上にひとつ、誘導してそれを照らした。

 「……どこかで……見たような……?」

 カンナは、とても嫌な気分になった。

 「どこもなにも、ほれ、スーナー村で……覚えておらんか?」


 それは、埃と黴にまみれ、血飛沫も少し散っている、絹地の旗のようなもので、紫色の下地に、黄金で竜紋が刺繍されている。


 「紫竜の……ガラネルの紫竜紋よ。スーナー村にも、これを基にした教団の旗があった。四年前は……まだ、紫竜紋をそのまま使っておったようだのう」


 スティッキィとカンナは、何とも云えない気分になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る