第451話 茜色のむこうに 5 クィーカ

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 未明、アートが戻ってきて、心配をしていた隊商や村人は安堵の声を漏らした。護衛隊長と、副隊長のガリア遣いが真っ先に駆け寄る。


 「明るくなって帰ってこなかったら、出発するところだった」


 それは正しい判断だった。アートが竜に殺されたことを意味するので、街道にも竜が現れるかもしれないからだ。


 薄明りの中、松明に照らされ、アートの腕の中で少女が眠っている。

 「生き残りか」

 アートがうなずいた。


 「朝になったら、面合めんあわせをしたい。家族が生き残っていたら、渡さなくては……」


 「生き残っているといいがな」

 その可能性は少ないだろう。アートもそう思った。


 やがてすっかり明るくなり、隊商は出発の準備をはじめた。アートの報告で竜は既にいないと判断し、避難民を連れてサラティスまで行くことにした。


 けっきょく、街道に座りこんでいた避難民の中で、隊商に同行できるのは二十三人だった。全員が大人の男女で、アートが救出した少女を除き、子供や老人は皆無だった。そのほかの三十人ほどは既に死んでいた。また何人かは傷が深く動かせないので置いてゆく。非情だがどうしようもなかった。タービノ村の人口が二百人ほどというので、ほとんど死んだか行方不明ということになる。なかには、街道方面ではなく森林のほうや、荒野へ向けて逃げた集団もいたようだが、探索は不可能だった。


 アートは生き残りに目を覚ました少女を引き合わせた。狭い村だ、みな、少女を知っていた。


 「クィーカ、生きてたんだね……!」


 一人の若い女性が口元へ両手を当て、涙ぐんで少女を見つめた。知り合いだろうか。他の何人かも、クィーカの生存を喜んでいる。しかし、残る何人かは、苦々しげに横目で見つめていた。中には握りこぶしをブルブルと振るわせている男性もいる。


 「なにかあったのか?」

 アートが、尋ねた。


 焦燥しきった男性は厳ついアートと視線を合わせず、地面とクィーカをちらちらと見比べながら、


 「竜ども、そいつを探して村を襲いやがったんだ……!!」


 と、云うではないか。そんなことがあるのかと思うだろうが、バグルスにあの不思議な知能の高い竜だ。何者かに、そういう命令を受けていたのだろう。


 「そっ、そうだ、クィーカを探して、物を云う竜のバケモノが……!」

 一人が云うや、何人かが堰を切って同様のことを叫びだす。

 「やめなよ!」

 「そうだ、この子のせいじゃないぞ!」

 「なんだと……!!」


 などと、生き残りが血走った涙目で騒動になりかけたが、アートの無言の圧力に気づき、すぐに大人しくなった。


 誰のせいでもない、この竜の時代に生きる人間の宿命だというのは、皆にもわかっている。ガリア遣いが竜を倒し、竜は幼いガリア遣いを先んじて殺す。そういう時代となった。それが、いざ自分たちの身に降りかかるまで、他人事と思っていただけで。


 「ところで、この子の身内はいないのか?」


 誰も、何も云わなかった。クィーカも、うつむいて無言だった。後で判明したことだが、襲撃に気づいたクィーカの家では先に子供たちを逃がし、親らも避難しようとした矢先に猪竜の突進を食らって家屋ごとぺしゃんこにされ、その後、消息不明。姉、兄と弟の四人で逃げていたが、例のバグルス補佐の新種竜にすぐさま発見されて、クィーカ以外は殺され、クィーカはバグルスへ生きたまま渡されるために森へ運ばれて浅く埋められ隠された。親戚も何人かいたが、まったく消息は分からない。


 「わかった」


 アートは、誰も自発的にクィーカを引き取る名乗りを上げなかったため、クィーカを抱き上げると流民となった農民たちへ背を向けた。


 「……どうされるのです?」

 一人の女性が聴いた。

 「ガリア遣いだ。おれが引き取って育てる。養女兼弟子としてな」

 クィーカが、しっかりとアートの服を握りしめ、その厚い胸へ顔を押しうずめた。

 秋晴れに、茜色に染まった赤蜻蛉が飛んでいる。



 短編「茜色の向こうに」 了

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