第450話 茜色のむこうに 4-3 救出
「……!?」
もしこの竜に高い知能が無かったならば、かまわず逃げただろう。しかし、竜は状況が理解できず、その大きな眼でアートをギョロギョロとにらみつけ、首を傾げた。
アートの虹色の防壁が一枚、足元にあり、照らしている。あまり大きくない、それこそ土潜竜が一頭出てくるほどの直径の穴であったのを幸いに、穴の壁へ防壁を瞬時に突き立て、それへ捕まって落下を防ぐや、防壁へよじ登って次の防壁を突きたて……三度目ですぐさま地面まで登ることができた。
「カ、カッ!」
竜が鳴いた。遅まきながら逃げる。しかし、耳元で巨大な音が轟き、驚きと衝撃でグラリ、とよろめいた。
「逃がすか!!」
すかさずアートの右手が、虹色に光った。二枚の防壁が細かく折りたたまれ、歪な棘だらけの拳となって手甲に装着されるや、それが光をまき散らしながら激しく回転する。そして、拳を逃げる竜めがけ撃ちつけると、大きくカーブを描いて虹色に光るドリル拳が飛び、竜の背中から腰にかけて命中! 尾と片足が吹き飛び、竜は地面へ転がった。
最初に、竜がよろめかなかったら、逃げられていたかもしれない。ガリアの到達範囲ぎりぎりだった。
アートが駆け寄る。
きっと少女が音のガリアで、竜を驚かしたのだろう。
謎の竜はまだもがいていたが、アートがまた防壁を剣へ折りたたみ、細い首を雑草でも刈るかのごとく横薙ぎに落とした。
少女は投げ出されたようで、いない。防壁を四枚すべて展開し、地面を照らす。
少し離れたところで、うつ伏せに倒れていた。
「おい、しっかりしろ!」
抱き上げると、服も髪も落ち葉と腐葉土に汚れている。まさか、獲物を隠すように、森で竜に埋められていたのだろうか。少し鼻が上向いた、そばかすだらけの地味な顔立ちの娘だった。年のころは、十に到るかどうかというところに見えた。
「おい!」
アートが頬を軽く叩く。
「生きてるか!?」
「ふご……」
鼻の奥が鳴ったような音を立てて息を吸い、少女が目を覚ました。
「よかったな、助かったぞ!」
アートの笑顔が目に映ったとたん、少女はがっしりとアートへ抱きつき、頑丈な胸元へ顔をうずめると、ブルブルと震えながら嗚咽を漏らした。
アートもしっかりと抱きかかえ、背中をやさしく叩きながら、赤茶の乱れた髪へ頬をよせたのだった。
「えらいぞ、自分のガリアをちゃんと遣って、竜と戦ったな!」
「ふご……う……うう……ふご……」
少女の嗚咽が、夜の虫の声にまぎれる。
安心したのか、少女は気がつくと気を失っていた。
アートが立ち上がる。
そして、すさまじい怒りと殺気をその目へ浮かべ、背後に立つバグルスを睨みつけた。
たった今しがた、戻ってきたのだ。
中背の、灰色の鱗が白蛇めいた白鱗にところどころ混じった少女型のバグルス、アートの防壁の光を目に反射させ、竜の牙をぎりぎりと咬んで両手の爪も鋭く身構えている。身を包む服とも呼べぬボロ布と白く長い髪が夜風にたなびき、ぞろりと尾が動いた。吐息を鋭く吐く音と、胴の中で共鳴するゴ、コココ……という音が耳についた。
「おい、人の言葉が分かるか?」
アートがじっくりと声を出した。
少女を抱いたまま、かばうように背中をバグルスへ向け、アートは睨みをきかせる。既に、四枚の防壁は全てが剣となって折りたたまれ、空中に浮遊したまま、切っ先をバグルスへ向けている。バグルスが少しでも動こうものなら、光の速さで串刺しだ。
バグルスが爬虫類めいた眼で睨み返すも、動けない。
「おい……やるならやってもいいんだぜ。その代わり、やらないのなら追いはしねえ。……わかるな?」
「グゥ……」
喉を鳴らし、バグルスは少し後ずさるや、脱兎めいて一瞬で暗闇へ消えた。
アートはしばしバグルスの消えた闇を見つめていたが、やがて村の方角へ向かって歩を進めた。
ガリアは、街道に出て隊商の列へ戻るまで解除しなかった。
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