第430話 神々の黄昏 2-1 グルジュワンの使者
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(さて、
アーリーはしばしカンチュルク王都へ滞在しながら考え、王や側近とも何度も密議を重ねた。アーリーが放浪の旅へ出るのはたやすいが、他にもカンチュルクのためにする仕事がある。ダールとなってアーリーが最も驚いたのが、ダールというのは意外に、
「忙しい……」
ということだった。
さすがに書類仕事はなかったが、まさか、式典や儀式の同席、あるいは王族の地方巡視のお供、前線国境警備兵の慰問の仕事が、こんなにあるとは思わなかった。
「これではまるで、見世物だ」
ダールというものを、アーリーは物話に聞くだけだったが、竜と人との懸け橋となる、偉大な神の使いというのは、実際になってみると大違いというのが素直なところだ。
「なに、王のお考えは、将来的に、国の方針をどうするかということであって、いますぐ具体にどうこうではない。帝国を割るつもりはない。グルジュワンやアトギリス=ハーンウルム、なにより
アーリーは黙ってうなずいた。皇帝家を滅ぼし、取って代わろうなどと、この国の歴史にはよくあることではあったが、いまはそこまで国が乱れているわけではない。いま早計にそんな陰謀を進めては、大逆罪により自滅するのは明白だった。
「ま、お互い、国家百年の計というやつだ」
カンチュルク王宮の大臣室で、老獪な内政大臣が、優し気にアーリーへ語った。
「だが、それゆえ、若きダールのそなたに、王は賭けたのだ。わかるな、アーリー」
「はい」
「百年後の話をしているのだ……」
既に七十を超えた内大臣が、眼を細めた。
しかし、文献をいくら漁ってみても、黄竜のダール失踪の真相は秘匿されているようで、カンチュルクに残る資料ではどうにもならなかった。
「ここは、グルジュワンか、帝都へ実際に行かなくては」
「で、あろうがのう」
内大臣がカンチュルク名物の薬草茶を飲む。
「閲覧は難しいだろう」
「で、しょうね」
内大臣、しわだらけの眼を見開いた。
「手の者を使え。グルジュワンや帝都に、三代後に仕事をする草を放て」
「ハッ」
三代後に仕事をする……祖父の代に仕官し、孫の代まで誠心誠意仕えて信頼や地位を得て、その孫が初めてスパイとして働くという、まことに遠大な諜である。
それほどまでに、ディスケル=スタル皇帝家をめぐる事変は、壮大だ。
それから数か月後。
グルジュワンから、アーリーを訪ねて使者が来たのだった。
黒竜のダールである。
「初めまして」
地味な旅装に、冬用のフード付きマント姿でアーリーの館を訪れたその女は、つい昨年にダールとして発現したという噂の女だった。歳は十五だったという。まだ、幼い印象がある。ただ、ダールとして背が人より若干伸びたたというところか。アーリーよりやや小さい、五シルクト七ダロムほどだった。これは既に、小柄なグルジュワン人からすると、大きい。
漆黒の波打つ髪を肩ほどで切りそろえ、真っ白な肌が目立ち、いかにも室内育ちの勉学の徒というのが、日焼けしつくしたアーリーと対照的だった。やや丸い顔だちと、鼻筋は通っているが低く愛らしい鼻がいかにも帝国南部人の特徴を出している。まるで北方遊牧民のように瞳が蒼いのは、ダールとして発現したせいだろう。
「デリナです」
「アーリーだ」
ダール同士、二人は丁寧に礼をした。
「どうぞ」
「おじゃまします」
マントを取り、暖炉の火に、デリナは人心地ついた。
「暖かい……南部から来ると、カンチュルクの寒さはたまりません」
アーリーが手ずから、カンチュルクの薬草茶を淹れた。大草原に生える貴重な薬草を煎じるもので、王侯貴族しか飲むことを許されていないものだが、味は、本物の茶の木があるグルジュワンのそれに比べると、草の汁というところだ。
しかし、デリナは、その希少な薬草の効能をちゃんと知っていた。
「チュワン茶ですね。身体を中より温め、潤します。目の活性を良くし、視力を保ちます。腸の働きを保ち、長寿の薬草です」
アーリーも席に着き、油断なく、この新人ダールを見つめた。
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