短編「神々の黄昏」
第428話 神々の黄昏 1-1 アーリー/カルム=アン
その日、遊牧民族特有の、豪華な移動式天幕により作られた臨時王宮に、一人の少女が召喚された。
名を、カルム=アンという。
日焼けしきった褐色の肌に、赤竜めいた赤毛を燃えるように結っている。男より頑丈そうな、その身の丈六シルクト、すなわち約一八〇センチを超える隆々たる肉体が、若さと生命力に躍動しているのが服の上からもわかった。鋭い炎色の眼は、まるで刃物のように迫る。カンチュルク藩王国の一地方、クイン郡の生まれで、幼少より腕の良い
しかし、それだけで、わざわざ藩王がクイン郡まで出向くはずがなかった。クイン郡の領主、パオン=グイに付き添われ、藩王の前に出た少女の偉容に、その場にいたすべての人間がどよめきをあげた。
真正面の、壮年の藩王カン=ギヨム八世が、眼を見張って立ち上がったので、カルム=アンは片膝をつき、両手を握るように合わせて掲げ、忠誠の礼をとった。
「カルム=アン……見事……その姿見事なり」
「恐悦……」
少女の、落ち着いた抑揚のないアルトの美しい声がした。
「ダールとしての名を授ける!」
王が宣言し、一同が平伏した。
「神託。
「有り難き幸せ」
アーリーが、さらに深く頭を垂れた。
1
サティラウトウ文化圏では、一般的にダールは竜と人とのあいだに生まれた子か、さらにその子と云われているが、それは迷信である。竜と人が本当に交わるはずもなく、実態は、ガリアの発現にも似て、ダールとしての血液と肉体、そして精神が、ガリアごと「発現」するのだった。
だいたい、思春期頃の少女がダールとして発現するが、稀にもっと幼いころよりダールになる者もいる。しかし幼くしてダールになった者は、その力を制御できず、幼い内に死ぬ例が多い。なお、長じてダールになった例はほとんどない。
カルム=アン……いや、アーリーは、数えで十七の年にダールとして生まれ変わった。その日より、人の三、四倍は生きるダールとしての、長い人生が始まった。アーリーの生まれた寒村はその栄に浴し、数代にわたって国より厚い施しを享ける。
赤竜のダール・アーリーはいわば自由戦士のような立場だが、所属は故国カンチュルクだった。なぜなら、カンチュルクが古くより赤皇竜の庇護下にある竜の国だからだ。竜属の地最大の国家ディスケル=スタル内においても、ダールを擁するカンチュルクの政治力と発言力は大きい。
ディスケル=スタルは、四十七もの大小の藩王国による帝国だが、そのうちほぼ四割の面積を有するのがたった三つの藩王国で、その三藩が残る四十四の諸藩へ強大な影響力を持ち、事実上ディスケル=スタルそのものを支配している。
それが赤竜の国カンチュルク、黒竜の国グルジュワン、そして紫竜の国アトギリス=ハーンウルムだった。
それぞれで帝国の軍事の半分以上を握る軍事国家のカンチュルクとアトギリス=ハーンウルム。そして、南部穀倉地帯と東部学術都市を構える豊かな国土と高度な学問を有するグルジュワンが、皇帝家を補佐している。
さて……。
辺境遊牧民の末端竜騎兵として生まれ育ったアーリーは、字もろくに読めなかったが、ダールとなり藩王直下で様々な任務を遂行するためには、それではとても務まらない。任務をこなしつつ、王都で十年をかけて英才教育が施された。本など見たこともなかったアーリーにとって辛い日々ではあったが、ダールとなったことで肉体的変化が脳にも及んだものか、まさに真綿が水を吸うがごとく知識を蓄え、数か国語を会得し、世界情勢も深く見渡せるようになった。
同時に、アーリーは帝国と自らの藩の実情へ、次第に疑問を持つようになっていったのである。
「アーリー様、陛下は、なんと?」
老年に近くなったパオン将軍家の当主、パオン=グイが、王都より戻ったアーリーを出迎えた。
アーリーはカンチュルクの大きな飛竜である赤雲竜の愛竜であるケロの手綱を係へ預け、一礼するとパオン家の邸宅の門をくぐった。ダールとなって十年が過ぎたが、アーリーの外観にほとんど変化はない。
「そろそろ本気で、黄竜を探さなくてはならぬようです」
「左様か……ま、詳しい話は、奥で」
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