第422話 仇討 3-2 筆頭への挑戦
サラティスへ長期派遣を願い出るという手もあるが、そのような仕事が都合よくあるはずもないし、目的を達成する前に呼び戻されたときにどうしても同じ問題につきあたる。
そうなると、黙って去る以外にない。幸い、金を預けてある場所は、暗殺組織はもちろん、どこの商会や都市政府にすら関係のない、独自のツテだったので、保証書を出してもらって、それをサラティスの系列組織に出すと、サラティスへそっくり金を移せる。我々の世界でいう、銀行間取引のようなものだ。これは、旧連合王国貴族互助組織のツテである。完全な秘密結社で、元貴族の家系にしか知られていないし、部外者が入会も預金もできない。そして既に、保証書は入手してある。いつでも動けるよう、有効期間が過ぎるたびに更新していた。
またオーレアはこの時のために、最低限の身の回りの物しか住まいに置いていないし、これも密かに、街道の通行許可証を更新してある。手早く用意をすると、午後に大家へ契約中途解約料を色をつけて支払い、その夕にはサラティスへ向けて出発した。この時期ならまだパウゲン連山も越えやすいので、ゴット村を経由して、一気に越えてしまう腹だった。
夕方のうちに出発する隊商もいる。それへ紛れて、むしろ堂々とスターラの通りを抜け、もうすぐ街を出ようとしたときだった。
(……さすがに、早いわね)
既に追手がちらほらと通りに立っている。おそらくハゲネズミが密告したのだろうが、責められない。向こうも生命がかかっている。オーレアが組織を抜けるのを手助けした、あるいは知ってて黙っていたとなれば、とんでもない制裁を受ける。
ならば、粛々と突破するだけだった。
しかしここでは、他の市民を巻きこむ。実は、暗殺者はそれを嫌う。無関係のものを無暗に殺すのは暗殺者の矜持もあるし、あまり噂が立つとその後の仕事がしづらくなるためだ。組織からも、そう掟づけられている。
オーレアはふらりと路地へ入った。
暗殺者たちも、ぞれぞれ路地へ消える。
彼ら……いや、彼女らにとっても、組織筆頭のオーレアを倒せば、自分が筆頭になれるだけではなく、その後の報酬の額も断然違ってくる。命がけで戦う価値がある。
死んでは元も子もない……と、思うものは、最初からこの仕事を請けない。組織としても単に「けじめ」の問題であり、そこまで強制しない。
したがって、いまここを突破すれば、サラティスまで追手が来るほどのものでもないことを意味する。「覆面」の命を狙うというのであれば話は別だが。云わば、組織を抜ける生命を懸けた試験に近い。
(私に勝負を挑むくらいだから……)
おのずと、相手は限られる。しかし、暗殺者同士は、特に上層部より指示のない限り、なるべくお互いに関わりあわない。名前はもちろん、ガリアの手の内も、絶対に見せない。ましてなんという銘のガリアなのか、知ろうともしない。
だが、噂話くらいは流れる。オーレアはむしろ、覆面組織筆頭なので、まだ知られているほうだ。
(竜の爪のついた籠手を遣うレントーがいたはず……何と組んでたっけ……そうだ、砂遣いだ……)
レントー流は、カントル流、アーレグ流に並ぶ「スターラ三大武術」の一つで、いわゆる拳法に近い格闘術だった。その遣い手で、両手に竜の爪に匹敵する金属爪のついた籠手を遣うのがいるとは知っていた。ただ、相棒だという「砂遣い」がなんなのか、そちらのほうが秘匿されている。砂など、投げつけて目つぶし以外に遣いようが思い浮かばないが、そこはガリアなので何かしらの効能があるだろう。
(あいつは来るかな……? 妙な槍を遣うやつ……あいつにも、おそらく相手の位置を探るガリア遣いが相棒にいたと思った……)
それだけの情報を、オーレアは常から集めていたのだった。万が一の時のために。いまが、その万が一の時だ。
相手のガリアの予想ができているのといないのとでは、格段に対処へ差が出る。
かといって、思いこみもいけない。
その
(さて、誰から来るか……それとも、同時に来るかな?)
路地を彷徨っているようで、オーレアは自分に少しでも有利な場所へ移動している。これすらも、常からパウラ探索と同時に、スターラの地形や街並みを調べていた結果だ。
オーレアの強さは、ガリアの強さも然る事ながら、こういう普段からの意識の違いと努力の積み重ねだった。
「……こっち!!」
オーレアは敏感に相手の攻撃を読み、旅装マントをひるがえし、二剣を出してその攻撃を受け流した。二剣術で、受けは左手となる。逆二剣であるから、長剣で受けた。
瞬間、相手が至近距離から蹴りを出した。
レントー流格闘!
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