第418話 仇討 2-3 ガリア見ガラス

 マーニが自らのガリアを出す。鉛の縁に囲まれた、四角い小さな、片手で持てるほどのガラス板だった。戦闘用ではなく、特に銘もないガリアだった。しいて云うならば、「ガリア見ガラス」とでもいうべきものだ。


 つまり、これをかざして、ガラス越しに見ると、ガリア遣いであればガリアとその力が見える。あらかじめ相手の力を知ることができるので、オーレアを含めた暗殺組織「覆面」では重宝し、厚遇してけしてその存在を他組織に知られぬようにしていた。


 オーレアはマーニの横へ座り、いっしょにそのガラス板を覗きこむ。ガラスには、マーニが先ほどガラス越しに見た景色が映し出されていた。


 雑踏へ紛れながら、妙な手持ちのガラス板を覗いて歩くマーニを、人々が不審に思わぬはずがない。もし、前を行く目標に気づかれては、元も子もないのだ。しかし、そこはマーニ、うまくガリアをあやつって、素早く的確に観察し、もし周りの人間が何をやっているのかと気づいたとて、振り向いたその次の瞬間にはもう、ガリアを消している。けして周囲の人々へ怪しませない。まるで、掏摸スリの手わざのようだった。


 「こいつら、もしかしたら、メストかも」

 「なんですって……?」

 「見てくださいな、珍しい、四人で一組のガリア遣いですよ」


 見ると、小さなガラス板に遠目で四人を映しているのでわかりづらいが、四人とも丸い楯をそれぞれ二人ずつが右腕と左腕に装備して、バーチィを囲っている。これは、実際にはガリアを出していないが、ガラス板を通してみると、ガリアが分かるのだった。しかも、それを映像で記録する。


 「かなり強力な、防御の陣を出す力ですよ」

 「そんなことってある?」

 オーレアの声が、高くなった。

 「ガリアって、一人ひとつずつじゃないの?」


 「たまに、姉妹とかで、二つのガリアを合わせるとより強力になるというガリア遣いはいますけどね、これは他人のようだし、しかも四人で一つの力みたいなんで、ほんとうに珍しいですよ」


 「ふうん」

 オーレアが素直に感心する。初めて知るタイプだ。

 「ウチにはいないのね?」


 オーレアは念を押した。組織内の暗殺者同士で争うことは、御法度である。しかし、そもそも「覆面」からの依頼であるから、同じ「覆面」の暗殺者が護衛についているはずはない。


 「うちの連中じゃあ、ありませんね」

 マーニも断言した。

 「わかった。ありがと」


 オーレアが素早くその場を離れた。その引き締まった、既に暗殺者のそれとなった顔つきに、マーニが惚れ惚れしたような、うっとりとした目になって見送った。


 「いい女だねえ。ちょいと、こんな家業がもったいないくらいにさ。ガリア遣いってのは、つくづく罪作りだよ……」


 マーニは独り言を残し、全く反対の方向へ消える。



 バーチィは食品・雑貨卸販売組合の会合で、中小規模の商会や小売商店の多くが、ここのところグラントローメラ商会から共同経営や合併の持ちかけを受けていることを知った。しかし、買収の話が出ているのは、シュターク商会のみだった。グラントローメラは云うなれば総合商社の最大手で、グラントローメラ配下の商会もこの組合の中にたくさんある。それが、ここ数年で一気にシュタークのような独立系の中小商会へゆさぶりをかけてきている。


 「それにしたってなあ……」

 「やり方が、ちょっと強引すぎないか?」

 「なにか、あったのか……?」

 であった。


 この時期より、グラントローメラのやり手の大番頭にしてメストの「覆面」ことバーケンが、スターラ二番手の大商会ガイアゲンとの距離を開けようと、一気に勝負をかけているのである。シュタークは独立系中堅の中では最大手で、どちらかというとガイアゲン寄りであったため、そこから切り崩そうというのだ。しかし、シュタークにとってあまり「うまみ」のない話であったため、バーチィは販路の共同に乗り気ではなく、また「押し貸し」という強引な資金貸付にも辟易していた。結果、交渉が延び延びでこじれにこじれた結果、バーケンを怒らせた。


 いまやグラントローメラ配下の卸・小売商会へのテコ入れで、シュタークの販路はズタズタにされ、売り上げの減少から経営困難、資金繰りの悪化、そしていよいよ買収話にまで到っている。それは、グラントローメラから強引に貸し付けられた資金をもすっかり食いつぶすほどの、苛烈な攻勢だった。グラントローメラは資本力に物を云わせ、短期的な損をものともせずに、なりふりかまわない手法でシュタークを追いこんでいた。そこまでしてウチが欲しいのかとバーチィは愕然とするとともに、すっかりグラントローメラの戦略と本気度を読み違えたことを後悔していた。

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