第403話 死の舞踊 2-3 トライン商会の事情

 「お口にあいましたか……ウガマールの、奥院宮おくいんのみやにも納入している特別な農園で作られた豆です。ま、それはそうと……」


 トラインが改まって襟を正す。ルーテはうつむいて顔を上げなかった。


 「お気づきやもしれませんが、これは後妻で……先のは病で五年前に死にました。ルーテは店で一番売り上げの多かった子で、面倒みもよく、なにより計算が得意で……スネア族の出でしたが、後添えに入ってもらいました。それに、その……息子が反発しましてな。ルーテの前で云うのもなんなのですが、スネア族というのは、その……」


 トラインが言葉を濁す。マレッティはストゥーリアから出たことが無かったので、その『なんとか族』がどうなのか、まるで知らない。


 そんなマレッティを観て、トラインが意を決した。

 「竜の国とつながっているとも噂される、あまり、評判のよくない部族でして」

 トラインが、禿頭から続く額の汗をふいた。

 「へえ……竜とですか」

 「そうなのです」

 「商売で?」

 「ま、いろいろと……」

 「でも、全部がそんなわけではないのでしょう?」

 「もちろんです、そのとおりです!」

 ルーテも顔を上げ、トラインと見合った。


 「一部のものが、いろいろと手広くやっているのです。昔から、そういう部族でして、色目を使わないというか、戦になったら両方に武器を売るというか、そういう商売をするものでして、周辺諸部族や、都市政府とあまりうまくいってないもので……」


 「そういう商人は、ストゥーリアにもいますよ。たしかに好かれませんが、商いの王道ともいえます。実利主義ですよ」


 はあ……と感嘆して、二人がマレッティをみつめた。マレッティは余計なことを口走ったと思い、咳払いをした。商家のお嬢様風を吹かせ、孤児出身の先輩娼婦たちにどれだけいじめられたことか。


 しかしここでは、ちがった。


 「どのような事情がおありか存じませんが……ストゥーリアでは、名のあるお店にいたのでございましょう。それが、見目麗しく妙齢の放浪一人旅とは……どうか、遠慮なくここにしばらく逗留なさってください」


 マレッティ、尻がむず痒くなってきた。

 「あなた、お話が……」

 「あ、ああ。すまん」

 トラインがコーヒーを飲み干した。


 「……それで、息子めが、ルーテのやつを殺すか、誘拐して売りとばすか、ついにそのような手に出てきているのです。今回もあやうく……」


 なんとも、物騒な親子のいさかいとは。マレッティは呆れた。

 (だけど……)


 そこまでするものかしら……とも思ったが、この財産だ。いきなり元売り子の『なんとか族』に店を牛耳られるのでは、息子もいたたまれないだろう。


 「都市政府へ訴えは?」

 「動いてもらえません」

 「賄賂を払っても?」

 「払っても、動ける事案と動けない事案がございまして」

 「と、云うと?」


 「せがれめ……セリーノと申しますが……セリーノめもたっぷりと都市警備部へ金を渡しているのと、せがれはスネア族と対抗しているホールン族を使っておりましてな」


 「ホールン族?」


 今日のあの誘拐犯が、そうなのだろうか。普通のサラティス系ラズィンバーグ人に見えたが。


 「それは、あのホールン川と関係が?」

 「そうです、古くはホールン川周辺に住んでいたそうです」

 「そのホールン族が、息子さんに?」


 「そうなのです。それで、部族同士の諍いに、あまり都市政府は顔をつっこまないのがしきたりで」


 「じゃあ、部族間の問題になっているのでは、スネア族の偉い人に助けは?」

 「部族間の問題にせぬよう、上同士で話がついたそうでございます」

 「はあ……」


 つまり、都市政府では部族間抗争と認定し、手を出さない。部族間では、関係ないとしている。完全に、面倒くさがられている。


 「つまり、身内の諍いは身内で処理しろと」

 「そういうことでございます」

 「私は、護衛だけでよいのですか?」

 トラインが息をのんだ。

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