第357話 第3章 1-2 三人の暗殺者

 メランカーナは二十一歳の、これもレブラッシュ秘蔵のメストだった。レブラッシュは先のカルマ狩りゲームで、手の内を一切出していない。死んだバーケンやファーガス配下の主だったガリア遣いを全てカルマに「掃除」してもらった。暗殺者のわりに明るくおしゃべりな、ひょろっとしたトロンバー人で、高い鼻と面長な顔だち、白い肌に金髪と碧眼がスティッキィにも似ているが、先祖がトロンバー出身というだけのスティッキィと異なり、純粋なトロンバー人なのでもっと色が薄い。死んだエサペカに似ている。ガリア「藍色あいいろ双牙そうが月槍げっそう」は、水圧の穂先を形成する双頭槍だが、長さはスターラの武術でいう棒と杖のあいだほどのものだった。自身の身長ほどといえばよいか。もちろん、アーレグ流棒術を使う。つまり、エサペカとは同門なのだった。


 三人目のクシュフォーネは、いっぷう変わったガリア遣いだった。二十五歳のスターラ人で、色白に整った顔だちだが赤毛とそばかすが目立つ。元ファーガス配下で、これも無口な女だった。中柄だがスターラ人らしく肩幅や腰幅があり体格がごつい。変わっているのはガリアだ。ガリア「草花そうか自在じざい木果こか」は、武器でも道具でもない。いわばドングリで、落葉樹の木の実だ。これは植物を自在に操作できるもので、真冬はさすがに効果が限られるが、森林行にはもってこいのガリア遣いだった。ふだんは都市政府直営の農園で農作業に従事しつつ、竜や盗賊の外敵から畑を護り、かつ依頼があれば暗殺も行うという境遇だった。


 こうして五人がそろうと、カンナが最も体格が貧相で、次いでスティッキィが小柄だったが、ガリアの力はその二人がケタ違いに恐ろしいことを三人は知っていた。したがって、金の問題だけではなく、純粋に強いガリア遣いには従うという、自己保身もある。カンナは自覚しない間に、恐怖で歴戦の暗殺者を従えるまでになっている。


 アーリーたち大隊がスターラを出た次の日の暗いうちに、五人はスターラ森林地帯南部強攻偵察へ出た。


 南部強攻偵察行は、樹海の端のリアン村までは恒例の犬ぞりで進み、そこからは深雪がすごく、徒歩となる。まずはリアン村よりトローメラ山麓までの往復六日の行程を組んだ。主だった物資は村でそろえられるため、犬ぞりは簡素なもので、二頭立てを二台走らせる。前をクシュフォーネが犬を操ってベッカとメランカーナが乗ったそりが進み、後ろをステッィキィが手綱を持ちカンナと村までの物資を積んだそりが続く。スターラからパウゲン連山へ向かって街道を進み、そこから道をそれてリアン村まで一日半だった。パウゲン連山まで南に来ると雪質も異なり、かなり気温も高く、昼間も長い。カンナは、同じ北方でも、トロンバーとの違いに驚いた。雪の量も、ユーバ湖からの水蒸気をたっぷりと含んで、異常なほど降り積もるトロンバーと比較すると、ほとんど降っていないに等しい。しかし、パウゲンやトローメラに向かって標高が上がるとまた事情は異なる。


 無口なベッカとクシュフォーネは、移動の最中もほとんど口を利かずに黙々と自らの役割分担をこなしていたが、メランカーナはよくしゃべった。スティッキィもマレッティと比べると余計なことはほとんど話さないので、必然、休憩中でもメランカーナの声だけが延々と響く。


 「カンナさんは、ガリアをいつごろから遣えるようになりましたか? わたしはね、七つから遣えたんですけど、ほら、わたしは実家がガイアゲンに出入りするトロンバーの材木問屋だったもので、けっこうそれなりに『はぶり』がよかったんですよ。それで、将来は普通にスターラかどこかの商家へ嫁に行くつもりでしたから、まさかガリアを遣えるなんて云うわけにもゆかず、放っておいたんです。さいしょは、ガリアのようなもの、ていどでもありましたし、放っておいたらそのうち、消えるかな? なんて思ってましたのよ。ところが、トロンバーでスターラの棒術を習っているうちに、ますますガリアがはっきり出るようになりましてね? それで棒術の先生から、スターラでフルトをやったらどうかと云われまして、そりゃあ、両親は反対しましたが、竜を飼るのはほら、社会的に大事な仕事ですし、十九の年から、ガイアゲンで竜を狩るようになりましたの」


 終始、こんな調子で、カンナは辟易した。ベッカやクシュフォーネ、スティッキィは完全に無視している。別に無視しているだけで、その三人で陰口をきいているというわけでもなく、本当に、完全に三人とも別個独立してただ単に無口なのだから、嫌みというでもなく、淡々としているだけで、そのぶんメランカーナはカンナへしゃべりかける。これも、カンナの気を引こうとか、取り入ろうというのではなく、単純に相手が誰でもいいのでしゃべっているだけで、カンナが仕方なくでも聞いてくれるからだった。


 ところで、「カンナさんは、ガリアをいつごろから遣えるようになりましたか?」という最初の質問から、カンナは返答に窮した。もう、覚えていない。記憶が曖昧だ。いや、本当のところ、(それが最大の問題なのだが)自分の記憶が真実なのかどうか……。


 だが、メランカーナは別に返事がほしくて質問しているのではないらしいことが、すぐにわかった。なぜなら、カンナが答えなくても、一人で先に話題を進めてしまう。


 (別に、返事をしなくてもいいんだ)


 それなら、自分ではなく、ベッカにでも話しかけていればよいのに……いや、そこらの樹に話しかけてもよいだろう。そう思った。じっさい、


 「カンナさんねえ? サラティスで、ダールと戦ったって、本当なんですの?」

 そう云われ、デリナのことを云う前にもう、


 「アーリーさんと会いまして、わたしねえ? ダールというものを、それはもう初めて見たんですけど……」

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