第356話 第3章 1-1 南部強攻偵察隊
「ずっと寝てたから、逆に体が痛いんだから! 体操でもしたほうがましよ」
そう云って、なにやら両手両足を振ったり曲げたりし、よくわからない動きをする。ボルトニヤンがやや垂れ気味の黄色い瞳で、不思議そうに見つめた。
「それは、なんの体操ですか?」
「なんのって……てきとうに動かしてるのよ」
「おなかはすいておりませんか?」
「すいてる」
「いま、お食事を……」
ボルトニヤンがいそいそと出て行った。
ホルポスは、机の上で静かにたたずむ黄金の小型ハープ、すなわち自らのガリア「
ホルポスの目覚めたその瞬間に、アーリーたちを襲っていた幻像が、消滅したのだった。
ホルポスは気まぐれに、ボルトニヤンが消えた出入り口より外へ出た。氷の通路があって、道が分かれている。ボルトニヤンは奥の部屋へ行ったようだ。ホルポスは、表へ向かった。光が強く、まぶしい。また、氷点下とはいえ、いままでいたところよりずっと気温が高かった。眼下に真っ白な森林地帯が広がり、遠くにはもう、ぼんやりとスターラの街並みが見える。山麓の中腹ではあるが、リュト山脈ではない。もっとずっと南の、むしろパウゲン連山に近い場所だった。
連山は四つ並んだ独立峰であったが、そのもっとも端で、もっとも低い山よりゆるやかに尾根が続き、いま、ホルポスのいるトローメラ山につながっている。トローメラ山はパウゲン連山のオマケのような形でスターラとリュト山脈の間の大森林地帯に突き出しており、高さは六ルットほど、つまり一八〇〇メートルていどの山だった。グラントローメラ商会は、このトローメラ山から名前をとっている。
ホルポスは山麓から尾根伝いにパウゲンの神山を見上げた。そして、尾根から山麓にかけてびっしりと蟻のようにうごめき、空をゴマ粒めいて覆い尽くす竜たちを見た。
この無傷の大軍団が、南部よりスターラへ侵攻する。
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アーリーが三百ものガリア遣いの軍団を率いてトロンバーへ向かったころ、カンナはスティッキィを補佐として、三人のメストたちと共に、森林地帯南部を強攻偵察することになった。あまり深入りしても仕方がないし、闇雲に放浪しても意味がないので、目標を定めなくてはならない。
「どこらへんあたりまでが、ちょうどいいんだろう?」
まだガイアゲン商会の本部ビルで、地図を広げてカンナは悩んでいた。小さな執務室を借りている。小さいと云っても、十人は入る立派なものだ。
「ここらへんはどお?」
二卵性の双子なのでマレッティと姿かたちから声、話し方までほとんど同じスティッキィだが、当初からの性格なのか、生き別れの三年半ほどで差がついたのか、マレッティと比べると、かなり落ち着いていて声の抑揚も低い。マレッティに慣れていると、ぶっきらぼうに感じ、マレッティの人が変わったように見えて戸惑う。見た目は、サラティスとスターラの食糧事情の関係か、やや痩せている。
そのスティッキィが地図上で指し示したのは、トローメラ山だった。
「山ですか?」
「別に山は登らないけどお、竜どもが隠れるには、こういう尾根が続く山がうってつけだしねえ……」
その読みは、じっさいに大的中だ。
「じゃあ、スターラから森林街道を東に進んで、森に入って、そこから南に行って、この山麓あたりまでを偵察しましょう」
「それで、いいんじゃなあい?」
スティッキィも賛同し、カンナの判断で、そう決まった。
同行するのは、アーリーとレブラッシュが選んだ三人だった。本当はこれにライバが加わる予定だったが、負傷により不可となった。
三人ともメストの生き残りで、暗殺者だった。竜と戦うというより人殺しの専門ばかりだったが、竜との戦いの役に立ちそうなガリア遣いが選ばれている。
ベッカは、元よりレブラッシュ配下であり、波打つ黒髪に薄緑の片眼が隠れる無口な女だった。大柄で、肌は褐色の混じった黄土色に近く目鼻立ちがサラティス人にも似ているが、生まれはラズィンバーグすなわちスターラではラッツィンベルクだという。二十二歳で、メストではあるがもともと組織だつのは嫌だというので、レブラッシュがこちらへ加えたのもある。もちろん、カンナの云うことなど聞く気はない。ただ、金でレブラッシュよりカンナに従えと云われているだけである。ガリア「
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