第322話 第1章 4-1 勝利の反省

 「カンナさんは?」

 「いないんだ、探そう」


 二人は再び瞬間移動で雪原まで戻る。月明かりがぼうっと雪面を照らし、星々を反射していた。四頭の竜の死体が無残に転がっている。四頭とも焼け焦げて消し炭となっているが、さらに二頭は砕け散って何の死体なのだかも不明なほどだ。静かさと不釣り合いな生々しい骨肉の焼けた臭いと、稲妻が縦横無尽に空間を裂いたすえた臭いが充満している。まだ空気が帯電しており、バチンと身の金物が火花を散らした。


 「カンナさん!? カンナさん!?」

 ライバが不安げに周囲へ声をかけた。エサペカも周囲を見渡す。


 そのとき、犬の声がした。状況に圧倒され、ライバは犬もソリも忘れていた。よく生きていたと思った。


 「あそこだ!」

 エサペカが走った。ライバは、一足早く瞬間移動。


 四頭の犬が、カンナの周囲にいた。カンナは雪の上で、うつ伏せのまま気絶していた。バグルスが逃げたのち、その場で倒れてしまったのだろう。


 「カンナさん!」

 ライバが起こす。

 「カンナ!!」

 頬を叩いた。

 「カン……」


 ライバはその軽さに驚いた。こんなに細かったのか。まるで子供だった。痩せているというでも無いが、その華奢さに、ちょっと力を入れたら壊れそうな銀細工を彷彿とさせ、たじろいだ。生き物ではなく、作り物のような儚さ……。


 そんなカンナが見せる、あのような常軌を逸した強さのガリアとの落差が、一段とこの少女を不気味なものに感じさせる。いったい、この不思議な肌と瞳と髪の色の少女は、何者なのだろうか。


 「……ライバ?」


 カンナが、その翡翠色の眼をうっすらと開ける。ライバはハッとした。もう、その瞳の奥に電光は見えなかった。


 「カンナさん、大丈夫ですか?」

 そう云って、ライバは口をつぐんだ。

 エサペカが、ゆっくりと後ろから近づいた。

 カンナが、またねむってしまった。

 カンナの瞳と同じ色のオーロラが、現れ始めた。



 4


 カンナは猛省していた。

 と、同時に、少しうれしくもあった。


 後者から云うと、どうもまた殺意の波に呑まれたようだが、寝ぼけていたのもあってか、自然に収まったようだった。アーリーに止められずとも。それが、少しうれしかった。自分であの恐ろしい殺意と、殺意から湧き出るおそるべき力を、制御できる。できる方法がきっとある。そう思った。


 反省すべき点は、その制御を一刻も早く行わなくてはならない、ということだ。


 どういうわけか犬は無事だったが、ソリも物資もぶっ飛んで爆発し、焼け焦げ、跡形も無い。


 この距離から歩いてトロンバーへ帰るのも困難だが、喫緊の課題は飢えと寒さだった。

 三人は、一晩で「遭難」したにも等しくなってしまった。


 助かったのだからライバもエサペカも何も云わないが、作り直した雪濠の中で、とりあえずまた降り出した雪が止むのを待っている。いまが昼なのか夜なのかも分からなくなった。


 このまま吹雪が続いたら、どうにもならなくなる。


 最悪は犬を食料にするとしても、救助隊が来るわけでもないし、何日持つかどうか。とにかく、偵察どころではないのだけが現実だ。


 「ま、主戦竜をお一人で四頭も倒しましたし……」


 エサペカが何度もそう云ってカンナを慰めたが、肝心のバグルスを逃したのでは意味がない。


 嫌悪感でこのまま雪に埋まりたくなる。


 一方、ライバとエサペカは意外と楽観的だった。なんといってもライバのガリア「次元穴じげんけつ瞬通しゅんつう屠殺とさつ小刀しょうとう」には、瞬間移動の力がある。一度に移動できる距離はせいぜい最大で五百キュルトほどだが、連続して移動できる数に限りがない。ライバの精神力次第だった。ライバはその超連続瞬間移動で、既にリュト山脈の中腹にあるダール・ホルポスにまで会いに行っている。彼女の真の主である、黒竜のダール・デリナの伝言を携えて。


 エサペカも、ライバの瞬間移動に基本的な制限がないことを知っている。


 したがって、天候が回復しリュト山脈と太陽もしくは星さえ見えて方角が確かめられれば、瞬間移動を繰り返してトロンバー程度なら三人で帰還は可能だった。問題は、この吹雪が三日も四日も続くような場合だ。さすがに食料も火も無いのでは、体力的に限界がある。

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