第305話 取り戻される愛憎

 四人で、しばし真冬の風呂に心身を癒やす。外は、また吹雪ふぶいていた。月末になり、ますます気温は低くなっている。この天候では、工事は難しい。館の修復は、おそらく春までかかるだろう。


 やがてマレッティ、のぼせてきたので上がろうとした。アーリーとカンナは、まだしばらく入っているだろう。スティッキィも、そのまま顔を真っ赤にして入っている。


 「……ちょっとスティッキィ、まだ入ってるの?」

 返事がない。

 「スティッキィ、あたしはもう上がるわよ?」

 スティッキィ、そのまま湯に沈んでしまった。マレッティが慌ててそれを助け起こす。


 スティッキィは初めて入った湯で加減が分からず、完全に湯あたりして脱水症状も起こし、熱射病と虚血症状態で意識朦朧となって、死にかけた。


 医者が呼ばれ、ちょっとした騒動になった。


 ちなみに、二人だけのとき、マレッティにまた殺されそうになったと云いだして、スティッキィは二度と熱い風呂に入らなかった。


 ただし、全身を石鹸で洗うのはよほど心地よかったとみえ、ぬるめに炊いた風呂には、よく入るようになった。


 アーリー、カンナとは別に、マレッティとスティッキィは二人だけで、ここで失われた時間と感情を少しづつ取り戻した。その、愛憎の両方を。



 そのようなわけで、アーリーとカンナはよく二人で風呂へ入るようになった。ただ、何を云うでもなく、いっしょにいるだけだった。しかもカンナは先に上がった。アーリーは瞑想しているのでいつも長い。


 入るといっても、一緒に向かうわけではない。カンナが入っているとアーリーも入ってきたり、カンナが行くと既にアーリーがいたりというのがほとんどだった。その二人の合間にマレッティとスティッキィがいるものだから、風呂場はいつも稼働していた。専用のかま職人が雇われ、常に新しい湯を用意していた。だいたい午前中は湯船や罐の掃除にあてられ、午後からぬるめの湯が用意され、夜にかけて熱くなった。燃料の石炭は、そもそもガイアゲンが一手に引きうけていたから、ほぼ無尽蔵にあった。


 月が変わって、一年の最後の月、アルガ帝月となった。いわゆる、師走だ。

 気温はますます下がってきた。四人は順番に風呂へ入り浸った。

 アーリーには考えがあるようだった。

 新しい、白竜のダールとの戦いを。


 ある日、レブラッシュが、カンナにそれとなくどういうふうに迎え撃つのか聞いてくれ、と頼んだ。全面支援するガイアゲンとしても準備がある。


 その日、カンナが早めに風呂へ入って、暗くなった浴室内のろうそくの光をぼんやりと眺めていると、アーリーの入ってくる気配があった。眼鏡を外しているので、いつもろうそくは人魂のようなぼんやりとした明りにしか見えない。アーリーが身体や髪を洗い、そっと新鮮な湯へ入ってる来ると、瞑想を始める前にカンナがきりだした。


 「ア、アーリーさん」

 「……どうした?」


 落ち着いた、いつものアーリーの深いアルトの声。浴室に響き、よけい美しく感じた。あの、不思議な旋律とも云えぬ旋律の竜歌を歌ったときのような。


 「あの、いつまで、こうしてお風呂に入って……ダ、ダールがスターラを攻めるんですよね……あの……デリナみたいに……」


 「ふうむ……」

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