第303話 サラティス式風呂

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 半分地下に埋まった石造りの、もう何十年も開かずの施設だったそこは、調査すると確かに大昔のサラティス式の大浴場の跡だった。物置として使われていた時期もあったようで、ずいぶんと懐かしいものが出てきて、商会の人間を驚かせた。レブラッシュが傘下の各工場より用水配管設備職人を何人も呼び寄せ、本部建物の修繕より優先させ(というより、事実上の建て直しだったため、準備も含めてかなりの時間を要するため結果として後回しにされた)て改修したので、五日もすると湯通しが行われた。職人に云わせると、


 「湯沸しの基礎原理は千年間変わってない」


 のだそうで、現代の技術で充分に対応が可能だった。土管類を全て新品に取り換え、かまも土製のものを撤去し、工業用の鋳鉄製を据え付けた。立派な大理石の風呂もビカビカに磨きなおした。


 「先人の知恵っちゅうんですかねえ、水をどっから引こうかと思ってましたが、ほれ、専用の井戸まで掘ってありますわ。枯れてないし、きれいだから使えます。きっとサラティスから派遣された役人貴族が使ってたんでしょうが、そこまでして風呂に入りたいんですかねえ」


 親方が、呆れ顔でそう云った。

 「排水は、屋敷の排水溝を拡張して、そこにつなげ……」

 「なんでもいい。熱いのを沸かしてくれ」

 すっかり回復したアーリーがそわそわして命じた。


 風呂は十人ほども入れるほどに大きなもので、サラティスでは中規模だろうが、ここではスターラ一の大浴場といえるだろう。二百数十年ぶりにたっぷりと湯をたたえた湯舟は、マレッティのアイデアで高級なローズオイルが入れられ、薔薇風呂となった。脱衣場や洗い場も罐の熱が回って、かなり暖かく、北国なりの工夫も凝らされている。


 「ひゃあー、お風呂だあ……」

 カンナの目が潤んだ。

 「まさか、スターラでこんな大層な風呂にお目にかかるとはねえ」


 マレッティも感慨深い。以前この街に住んでた時は、思いもよらなかった。風呂に入るという発想自体がないから。


 スティッキィやレブラッシュは、こんな真冬に入ってむしろ風邪をひくだろうに、という懐疑と憐憫の目で三人と風呂を見比べている。


 「あったまるわよお。風邪どころか、雪につっこんでもいいくらいに。……それは冗談だけど、もっと北じゃ蒸し風呂だってあるんだし、おんなじようなもんよお」


 「そお?」

 「あんたも、はいんなさいよお」

 「あたしはいいわよお」

 「汚いって云ってるのよお」

 「汚くなんかないわよお!」

 「洗ってあげるからあ、ほら、脱ぎなさいよお!」

 「やめてってばあ、あたしはいいからあ!」


 ちなみに、スターラでは、夏は川や湖で男女とも水浴をする習慣はあるので、人前で裸になるのが嫌だというわけではない。純粋に、この寒さで湯に入るというのが信じられないのだった。あんな貧相なシャワーしかないのでは、無理もないのだが。


 脱衣場で姉妹で服を引っ張り合っているうちに、アーリーとカンナは素早く服を脱いで、洗い場で勢いよくちょうどよい温度にした湯をかぶり、スターラ産の高級なバラの香料入り石鹸をタオルで泡立て、気持ちよく体や髪を洗い始めた。面白いように汚れが落ちる。カンナの白い肌が、ますます白く輝いた。

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