第278話 復讐の相手
貸し剥がしとは、融資した相手に特段の問題がなくとも、分割払いを強引に今すぐ返せ全部返せとやることである。たとえ契約書にそうできると書いてあっても、あくまで最終手段としての形式上の担保条文であって、ふつうはやらない。いきなり全額返せるくらいなら最初から借りないわけで……それをやられると、ひとたまりもない。資金がショートして、仕入れたものの支払いができなくなり、たちまち破綻だ。
「ほんとなの!? それ。だってグラントローメラはうちの優良提携先だったし、倒産の時も資金を提供……」
マレッティは黙った。本当に提供してくれていたら、つぶれるはずがない。
「どこの情報よ、それ」
「ガイアゲン。あたし、いまガイアゲンのお抱えフルトなの。ガイアゲンは裏で暗殺もやってて、あたしはそこでメストとして裏仕事も。知ったのは、半年位前だけど……」
ガイアゲンの裏情報なら、まだ信憑性はあった。
「だけど仇討って、どうやって? グラントローメラなんて、幹部の一人や二人を暗殺したところで、つぶれないでしょ」
「そりゃ、つぶれないわよお、あんな大きなところ……。でも、ガイアゲンの支配人から指令が。確証はないのだけど、グラントローメラもメストとして暗殺請負を裏でやってるの。そこからつぶして、いずれは竜属との戦争を通じ、商会全体を縮小させるみたい」
「そりゃまた、気の遠い話ねえ」
マレッティは呆れた。
「……具体には、手始めに、だれを殺すの?」
「そりゃ、グラントローメラ大番頭のバーケンでしょ。貸し剥がしも、そいつの命令だったそうだし」
あいつか……。マレッティはバーケンの顔を思い出した。ベルガンで感じた違和感は、それだったのか?
「悪くないわね」
マレッティは氷の笑顔でベッドから降りた。スティッキィが、迎えるようにして抱き寄せた。
マレッティは期せずして、妹の紹介でアーリーが出資契約を結んだガイアゲン商会の支配人と会うことになった。二人とも同じようなフード付きマントでアパートを出て、冬の通りを歩く。マレッティは、もしかしたら四年前の事件を知るものがいたら面倒だとフードをかぶっているが、スティッキィはどういうわけだろうか。
「そりゃあ、目立たないためよお。いちおう、暗殺稼業なんだし。それに、あたしは死んだことになってるから……」
「え、やっぱりそうなんだ?」
「云っておくけど、あたしもあんたも、まだお店の契約は残ってるんですからね!」
「げえ……」
マレッティは目を丸くした。確かに、十五年は勤める契約だった気がした。つまり、二人そろって見つかったら面倒ということだった。売春窟に戻るくらいなら、竜の味方になってスターラを攻めてやる……マレッティはそう思ったが、よく考えたら、はじめからそのつもりでここに来たのではなかったか。
(そうだ、デリナ様との連絡、どうしよう……)
どうしようもない。パーキャスの時のように、向こうから連絡をつけてくるのを待つしか。
「ところで、暗殺のお金で、父さんの債務を返済してないの?」
「返したくても返せないじゃない。死んでるんだから」
「そうかあ……。けっきょく、いくら残ったままなんだっけ?」
「マレッティとあたしで返せたのは、三年で百トリアンくらいよ……残りは、まだ八百くらいあったはず」
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