第269話 マレッティ誘拐

 スティッキィが眼をむいて、猛獣めいてしなやかに踊りかかった。その艶消しに黒い剣身のガリアが、もの凄まじい速度で繰り出される。これは、先程のリットラの比ではない。マレッティは防戦一方となった。マレッティがサラティスでのんびり竜を退治していたころも、かなり稽古けいこを続けていたにちがいない。


 「う……ぐ……うう……」


 マレッティ、死んだ……いや、殺したと思っていた妹と剣を交えているという現実に耐えられないショックもあり、ガリアも弱まる。心で負けるとガリアも負ける。


 「そらそらそらそらあァ!!」


 それにしても、圧倒的なガリアのだ。マレッティは自分のガリアが、消していたはずの過去の記憶を得て逆に研ぎ澄まされたと感じていたが、すべてぶっとんでしまった。それほどの衝撃だった。


 剣にばかり集中している間に足払いをかけられ、呆気なくマレッティは後ろに倒れた。トドメに来たスティッキィめがけ閃光を放ち、足止めには成功する。


 スティッキィは瞬きをして白い光を網膜から消すと、ゆったりと口元をゆがめた。

 「お姉ちゃん、どうしたのよお、お姉ちゃん、ほら、見てよお……」


 スティッキィ、自らの襟元をぐいと引っ張り、鎖骨の辺りを見せた。ボタンが飛んで、大きく胸元が開く。盛り上がっている傷跡があった。


 「お姉ちゃんのガリアの傷よお」

 さしものマレッティが、眼をそむけた。


 「ちゃんと見なさいよお……。妹と母親を殺して逃げたくせに……でもねえ、おかげであたしもガリアに目覚めたのよお。感謝してるんだからあ。殺してく、れ、て」


 「狂ってる……」

 「……あんたに云われたく無いわね」

 マレッティ、諦観したように小鼻で笑った。

 「殺しなさいよ。メストの筆頭になれるんでしょ? 賞金もあるわけ?」

 「だれが、すぐ殺すもんですか……」

 「何をするってえのよ」

 「あんたを生け捕りにするよう、頼まれてんのよお」

 「はあ?」

 気づくや、マレッティの首に闇星あんせいがまとわりつき、一気に締め上げる。

 「……あん……た……」

 マレッティは苦悶に顔をゆがめ、絞め落とされた。


 スティッキィが右手を上げると、ふだん荷役をしているであろう大柄な男が三人ほど工業区の方から現れ、二人が見張りをし、一人がマレッティを背負うと、そのままスティッキィも含めて素早く工業区へ消えた。


 その夜、マレッティはホテルへ戻らなかった。



 6


 時間的には、アーリーが暗殺者たちを蹴散らして戻ってきた翌日。そしてマレッティが実家を探して商業区を彷徨っていたころとなる。


 暗殺者たちのカルマ狩りのゲームは、カンナにも迫っていた。


 その日、アーリーも出かけ、マレッティも朝から出かけていたので、ホテルにはカンナが一人で残っていた。ほかの客も、めいめいに出かけ、あるいはチェックアウトでいなくなっており、客室を占拠しているのはカンナだけだった。窓の外はこころなしか空が晴れており、昨夜に降った雪が空気の汚れを拭き取ったかのごとく空間が澄んでいるように感じられた。


 食堂で遅めの朝食をとり、フロントでアーリーとマレッティが既に出かけているのを聞いたカンナ、


 「お部屋の片づけはいかがなさいますか?」

 と問われ、いったん風呂に入ってから出かけるので、その間に頼むことにした。

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