第248話 アイラの手紙

 まだフードを取らないマレッティが、人込みを器用にかき分けて、前を行くアーリーへ云うものの、どうも雑踏の音で聞こえていないようだった。


 「すみませ……あっ、すみ……あっ、すみま……あっ……」

 道行く人々にもみくちゃにされ、カンナはどんどん二人から遅れてしまう。

 「ちょっと、アーリー! カンナちゃんが迷子になるわよ!」


 アーリーが振り返った。スターラ人は背が大きいが、それでもアーリーのほうが頭一つ大きいため、カンナを素早く見つけて、手招きする。カンナも、アーリーの赤い髪を目印になんとか合流できた。こんな場所で迷子になっては一大事だ。 


 「ありが……ゲホッ……ありがとうござ……ゲホッ、ゲホッ……」

 カンナは咳きこみ、メガネを取って目をこすった。美しい翡翠色の目が充血する。

 「ここは空気が悪いからあ……ちょっとアーリー、なんでこんな工業区に来たわけえ?」

 「宿がここにあるからな」 

 「なあんでこんな場所の宿をとったのよお?」

 「大量の湯が用意できるのは、ここしかないからだ」

 マレッティが黙ってしまった。その通りだ。湯か、きれいな空気か。二者択一。


 「……ま、今日は風がないからあ、ちょおっと澱んでるのよお。冬は風が強くて、そういう日は寒いけどこんな空気じゃないわよお」


 自分は慣れているからと、マレッティはカンナへ何も云わせない。


 三人は工場群の外れにある、意外としっかりした宿というかホテル「鉄火」に入った。四階建ての都会的な石造りで窓も密閉式とあって、建物の中ではまともに呼吸ができた。労働者向けの宿と思いきや、直接工場へ買いつけに来る個人商人向けの宿なので、内装もこぎれいだ。なにせ、グラントローメラのような大手の商会を通して仕入れると、二~三割は高くなる。


 三人はアーリーの部屋で打ち合わせを始めた。

 「なるほど……窓もこんなしっかりしてたら、盗聴も防げるものねえ」


 マレッティがようやくフードをとり、離れた場所から窓の外の無機質な煉瓦造りの工場の並ぶ様子を眺める。


 「で、モルニャンちゃんは? ここにいるんじゃないの?」

 「それがな……」

 アーリーは先程フロントで確かめた、衝撃の事実を話した。


 「モールニヤはこの宿を拠点に、偽名で活動していた。その名は、アイラという。ここで落ち合う予定だったが、アイラから私宛に手紙が残されていた。それが、これだ」


 マレッティが奪うようにそのウガマール紙の封書をとって拡げた。懐かしい、間違いないモールニヤの字で、したためてあった。


 それは、置き手紙だった。

 一読してマレッティ、呆れた声を上げた。

 「なあによこれえええ!?」

 「ど、どうしたんです!?」


 カンナも、マレッティから手紙を受け取って読む。モールニヤ、いやアイラの字は癖があって、読みづらかった。よく分からないうちにマレッティの声。


 「あの子、あたしたちが遅いからって、パウゲンに出迎えに行ったってわけえ!?」

 「そのようだな」

 「パーキャスなんかに寄ってるからよお!」

 「どちらにせよ、海路では遅い。日付は一週間ほど前だ」

 「バソから連絡しなかったわけ!?」

 「したんだが……悪天候でハトが届かなかったようだ」

 「何を暢気に……」

 マレッティが絶句する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る