第219話 スターラへ

 数日後、隊商が整った。荷駄を馬車に十二台連ね、総勢で五十人ほどもいた。半分以上は衛兵だ。食料を運ぶのに、なんという大げさな……という思いだったが、こうでもしないと、盗賊団に襲われ、とてもスターラまでたどり着かないのだという。必然、食べ物の値段は高騰し、どちらにしろ貧乏人の口には入らない。安く食べられるのは退治のついでに出回る竜の肉だけだ。それだけが、貧民の飢えをしのぐ。


 「竜退治ならぬ、竜狩りが始まる季節よ。そんな時期にあえてスターラを侵攻するなんて、何を考えているのかしらね、こんどのダールは」


 マレッティはそう云うが、その表情は冴えない。冬のスターラ、そこまで厳しいところなのかと、カンナまで憂鬱になった。


 が、アーリーだけ、微かに笑いだしたではないか。

 「なによ、気味の悪い……」 

 マレッティが剣呑な顔つきでアーリーを見すえる。


 「あいつらも、それだけ必死ということだ。まして、デリナとホルポスは、もともとすこぶる仲が悪いからな……そこにつけこめば、我々にも勝機はある」


 「へええ」


 マレッティは意外な様子だった。三か月前のデリナの口ぶりから、二人はてっきり同盟でも結んだのかと思ったからだ。


 (ホルポスの動向も、デリナ様に知らせる必要があるかもね……)


 アーリーは、ホルポスとも個人的に知己なのだろうか。やはり、このカルマの創始者は侮れない。マレッティは、自分こそ気を引き締めねばと、想いを確認した。


 「カンナ」

 「は、はい」


 「おまえの力が頼りだ。いいか、自分を見失うな。なにがあってもだ。そうすれば、おまえは誰にも負けぬガリア遣いとなる。おまえが負けるときは、自分に負けるときと知れ。自分のガリアを……黒い剣を信じろ」


 「はい……?」


 カンナはわけが分からなかった。しかし、アーリーの赤いまなざしを見ていると、不思議とがんばれる気がしてくる。いつかサラティスの戦いの終わった夏の日にアーリーが歌ってくれた、竜歌が耳に甦ってきた。


 (竜の命 人の命 螺旋にからみ 無限に続いてゆく……)

 カンナは心の中で、そのなんともいえない半音進行の話しかけるような歌を繰り返した。

 「あ、出発みたいよお」

 先頭の護衛の兵士に率いられ、隊商が動き出す。


 さらに厚く防寒着を着込んだカンナ、スターラの商人や衛兵にまぎれ、歩きだした。馬車は全て大きく丈夫な、戦車馬を先祖に持つ巨大な農耕馬が一頭立てで引いていた。カンナは、こんな大きな馬を初めて見た。カンナの隣を行く荷台には、小麦の袋が詰めこまれた木箱が山のように積まれている。


 冷たい風が進行方向より吹きつけてきた。息が止まるほどの冷たさだ。


 風の合間にふと曇り空を見上げると、メガネになにかが落ちてきた。ふわり、と水晶を磨いた特製の凹レンズについて、融けた。なんだろう、とカンナは思った。


 雪が降ってきた。



 第2部  完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る