第211話 復讐

 「う、ぐぅ……」


 海水につけて傷を洗う。凄まじい痛みに、脳が痺れた。近くの岩場までよろめいて歩き、寄り掛かるようにして膝から崩れた。下半身が海水に浸かる。出血に、目眩がする。疲労もすごい。なにより、精神力がごっそりと奪われている。ガリアは、まだ出るのだろうか。まだカンナを殺す機会はあるだろうか。あのような、言語を絶する超絶的なガリアを使うカンナを。心臓が苦しい。


 「あらあ、だいじょおぶう? ぐあい悪そおねえ」

 「!!」

 シロンが腰を浮かせ、血走った眼を上げた。


 楽しそうに酷薄こくはくな笑みを浮かべたマレッティが、ガリア「円舞光輪剣えんぶこうりんけん」の細身の刃を舐めていた。その光に、顔が照らされる。


 「きさ……ま……!」


 シロン、左手に、ガリアを出す。まだガリアが出る。彼女の精神は死んではいない。が、出した瞬間に、マレッティの光輪が左手を手首から落とした。


 「あ……う……」


 シロンはがっくりと両肩を落とし、再び膝を波間に漬けた。膝のあいだに置いた両手から大量の血液が逃げ、海水を赤く染めた。海に沈んだ左手の握っていたガリアが、消える。


 「あんたは、あのバグルスより手加減してあげるわあ」


 泣きそうに顔を歪め、ギッとマレッティをにらみつける。その顔面に、胸元に、大量の光輪が叩きこまれた。両手足を残して胴体が細切れにされ、シロンは海岸ぞいの波打ち際に、血煙と肉片をまき散らした。


 小さなカニが集まって、さっそくその新鮮な肉を鋏でついばむ。

 マレッティは鼻唄まじりに、上機嫌で町へ戻った。

 


 まだ、マレッティの仕事はあった。

 肝心の仕事が残っていた。

 機を伺う。


 翌日の早朝、漁船やバーレスの組合所有の小型貨物船に乗り、一行はバーレスへ戻った。リネットは、自分の小舟を使った。コンガルの生き残りの人々は、四隻の漁船に分けられて先日の夕刻の内に出発していた。そのままバーレスへ上陸も許されずにリンバ島へ向かってしまった。


 バーレスではギロアが死んでシロン達もいなくなり、さらにコンガルが壊滅したという報を受け、祭の準備が始まっていた。年に一、二回しか食べないという山羊、豚、さらには牛や鶏をつぶして御馳走を作る。魚料理も、云うまでもなく用意される。準備に二日はかかると云われた。


 また、リーディアリードからパーキャス経由でコンガル行きの臨時貨物便と、サラティス領の港町ラクティスからウガマールへ行く最終便が出るとの連絡もあった。いま、出港の準備をしているという。リーディアリードへ注文を取りにいっていた漁師が戻ってきて、そう告げた。彼が受注してきた品をあらかじめ用意しておき、船が着くと同時にすぐに荷役にやくできるよう、上屋へ準備しておくのである。魚の塩漬けや干物、オイル漬け、さらには魚醤、魚粉、魚油に、肥料として使うそれらの搾りかす、などの注文が大量にあって、浜は活気にわいた。今年最後の稼ぎどきだった。

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