第185話 アーリー、上陸

 大きな浮環うきわをつけたマレッティが右手を振り回し、船頭の漁師へ回頭を指示する。あわてて空を見ながらロープを操り帆の角度を変え、舵をきってディンギーは波を切り裂いてターンをかけた。大きく傾いて、海面が眼前に迫ってマレッティは船縁へしがみつくも、同じく上空の烏飛竜は見失わない。ニエッタとパジャーラは何が起きたのか理解できず、声も無かった。


 急速に離れて行くマレッティ艇を見やり、トケトケは超特大の大海坊主竜へ眼をむけた。アーリーも、厳しく竜の黒々とした背中を見つめる。竜は海底から仁王立ちとなり、長く太い尾を波を割って振り上げ、轟然と吠えつけていた。空気がつんざき、雲が砕けるかと思うほどだった。海面から上だけで三百キュルト(約三十メートル)は余裕である。あんな生き物が存在するのか。顔と思しき小山の先端には、ただ口だけが開き、目は無いように見える。全体にずんぐりとして、頭が異様に大きい。海坊主たる所以だ。


 「どうするわけ!? ダールさん!」

 「もちろん、倒す。そのために来た!」


 あまりに当然のように云うものだから、トケトケは一瞬、あっけにとられ、次に笑ってしまった。


 「いいわ。あたしは何をすればいいわけ!?」


 「お前の矢が、あの岩みたいな皮を通すとは思えん。眼か、口の中でも狙ってもらおうか」


 「眼なんてあるわけ? あいつ」

 「眼と思しきものはある……」

 「わかったわけ。あの丘の上に陣取って援護するから。なんとか上陸しよう!」

 「聴いた通りだ、頼んだぞ!」

 若い漁師は涙目で引きつって、

 「自棄糞ヤケクソでさあ!! どうにでもなれってんだあ!! 祈っててくだせえよお!!」


 帆の角度を変え、さらに速度を上げて竜の足元へつっこんだ。回りこむのではなく、竜の足元をすり抜けるというのだ。


 「やるではないか!」


 アーリーも興奮した。切り波をたて、一直線にディンギーは竜へ向けてつっこんだ。波を越えてジャンプし、着水して揺れながらも、そのまま針のように竜の脚へ向けて突き進む。竜の体長に匹敵……三百キュルトはあろう巨大な尾が海を割って持ち上がったが、かまわずつっこんだ。滝めいた海水を受けながら、船は突き進む。竜はゆっくりと歩きながら、港へ上陸しようとしていた。コンガルの住民が慌てふためいて、逃げ出しているのがわかった。波は高波となって港へ押し寄せ、竜を追い越したディンギーがそれに乗ってそのまま高い位置から港へ突進する。


 「ぶつかる!?」


 波に乗って岸壁を乗り越え、船はそのまま押し流される形で上陸し、建物にひっかかって止まったものの、波は止まらないのでひっくり返りかけたがそのまま再び流れた。しばらく港町の奥まで水が浸入し、やっと底が石畳について止まった。すかさずアーリーとトケトケが下りる。町のものがパニックとなって右往左往して、アーリー達に気づくものはいなかった。


 「お前も高台に逃げろ! トケトケ、頼んだぞ!」


 漁師は返事もなくどこかへ逃げて行った。トケトケも丘の上へ行こうとしたが、とあるものを見つけた。


 「ちょっと、あれ、なんなわけ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る