第170話 歓待

 「あ、ありがとうございます」


 「ふしぎな色だよなあ。肌の白いのも珍しいがよ、髪がなあ。ギロアやおれみてえなふつうの黒髪は竜の世界にャ山といるが、こんな不思議な艶というか、光っている髪は見たことがねえ。黒鉄くろがねみてえな色だ。あんたは、ウガマールの生まれと云ったな。ウガマールにャ、こんな人種がいるんだ?」


 「ええ……」


 います、と答えたかったが、自分の生まれ育ったジャングルの奥地の村の記憶がどんどん失われて行くので、良く分からなかった。自分がなんという名前の民族なのか、もう答えられない。そんなばかな、と思うが、本当なのだった。聞かれるのが恐ろしかった。


 バルビィが、カンナの長い黒鉄色の髪を三つ編みに編んだ。窓枠に映る自分を見て、ふだんと印象がちがうのでカンナは驚いた。


 「さあ、行こうぜ。飯はギロアの館で食わせてくれるからよ」


 すっかり暖まって、二人は水をたっぷりと飲むと町へ戻ってから丘の上の館をめざして歩きだした。



 5


 ギロアの館を二日ぶりに訪れたカンナは、なにか初めて来るような印象を抱いた。こんなに大きかったか。秋空が薄曇りに低く灰色がたちこめ、ついに雨がぽつぽつと落ちてきた。秋雨だ。


 「ここはよ、むかし、島の領主だった貴族の城だったというぜ。その後、いったんパーキャスが連合王国に領されてから、逆らった当時のコンガル領主は廃されて、改装されて新しい領主の別荘になったんだと。それから連合王国も滅んで、成り金漁師が丘の上の御殿として入れ代わりで所有してたり、また無主の館になってたりしていたのを、ギロアのやろうが買ったそうだ」


 「よく知ってますね」

 「町の連中に何度も聴いたからな」


 橋の渡された空堀りを渡り、門を抜け、正面の大きな扉から入ると、見覚えのある広間があった。卓が用意され、既にギロアが正面に座っていた。シロンたちは、いない。


 「いらっしゃい、カンナ。あら、髪を編んで、雰囲気変えた? いいわね、にあってるじゃない」


 ギロアの声は、どこまでも明るい。そしてよく通り、張りと抑揚があってまるで舞台の役者のようだ。その大きくて丸い眼が、相変わらず人を射抜く。誰よりも大きな胸元が、コンガルの民族衣装からはみ出んばかりにどっちりとつまっていた。


 「さ、すわってちょうだい。どう? 町は。みんな、生き生きとしてたでしょう?」

 気づくとバルビィはいない。どこかちがう部屋でシロンたちと食事をするのだろうか。


 席に着くと、ルネーテが給仕として料理を運んできた。といっても、大層なものではない。居酒屋カルビアーノで食べたような、魚介スープ(鍋物)や、揚げ物、焼き物の伝統的な島の食事だ。ただ、材料の魚介が、庶民が食べるようなものではない、というところで高級感があった。見たことも無いほど大きなロブスター蝦に、魚は貴重なハタやヒラメ、カサゴの類。溶き卵まで入っている。貝類も異様に大きい。何年ものだろう。生牡蠣は特に新鮮なもので、パンは豆もハーブも入って無い、全て小麦で作られた懐かしいサラティスのパンだった。さらに、鶏肉の串焼きがある。島では貴重な鶏をわざわざつぶしたのだ。酒は地エールではなく、ウガマールのワインだった。

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