第169話 海辺の温泉にて

 四半刻(約三十分)も歩いて共同浴場へ着くと、ちょうど漁師と入れ代わりだった。漁を終えて風呂に入った三人の漁師がバルビィへ挨拶して、町へ戻って行く。


 二人は服を脱ぎ、身体と髪を洗い歯も磨くと、島の温泉を独占した。


 「いやあ、朝風呂ってのは、どうしてこう染み入り方がちがうんだろうな。なあ、カンナちゃんよ」


 カンナは答えなかった。まだ、すこし頭痛がする。

 「おい、ホントに大丈夫か。どうしたんだ」

 「いえ……ここのところ、なんか変な夢を……」

 「夢? そんなんで具合が悪くなるのかよ」

 バルビィは信じていなかった。何かカンナが隠していると思った。


 「おれは、ホントにあんたの味方だぜ。今のところは、な。おれをこの島から逃がしてくれる唯一の機会だからよ。ただし、島から出たら、もう関係ねえぜ。あんたがおれを雇わないかぎりは、よ」


 それはカンナにも分かってきた。彼女は現実主義だからこそ、いまはカンナを利用してなんとか脱出しようとしている。カンナの世話をやくのも、そのためだ。


 「大丈夫です。それで、どこへ行ってたんですか?」

 「それよ」

 バルビィはいかにも嫌そうな顔をした。


 「結論から云うと、まだアーリーの無事は分からねえ。間者が戻ってきてねえからな。それなのに、ギロアがあんたを呼んだのは、おれたちのバセッタ探しが失敗したからよ」


 「バセッタ?」

 そういえば、そんなダールを探しているとギロアが云っていた気がした。

 「ここにいるらしいダールでしたっけ?」


 「そうよ。なんのために探してるのかも知らねえがよ……おれらをカウベニーからここに案内させた、リネットっちゅう腕のいい船頭がな、どうも居場所を知ってる……というか、見たことがあるらしいんだが……おんなじような小島と洞窟ばっかりで、わけがわからねえ。具体的な場所までは知らねえようで、案内させても無駄よ。じょおおだんじゃねえぜ、おれは殺し屋だぜ!? 探検家でも失せ人探しでもねえんだ! 船に乗って小島巡りなんてきいてねえし。契約にもねえよ、そんな仕事はよ。契約違反と云ったところで、シロンやマウーラに睨まれるだけだしよ。くだらねえ、クソ面白くねえ無駄な仕事よ。あんなクズどもの主従ゴッコにつきあう気もさらさらねえし、もう、我慢ならねえ。とっとと出て行きてえんだよ。な、だから、ギロアに、仲間になってバセッタ探しを手伝えと云われたら、とりあえず頷いておけ。あとは、隙を見て一人ずつぶっ殺していこうぜ。組分けして探索に出るはずだからよ。示し合わせて、嵐の日に事故にでも見せかけて……」


 カンナは、湯の中で寝ていた。バルビィは笑ってそのままにしておいたが、カンナが湯に沈みだしたのであわてておこした。


 「おい、しっかりしてくれよ、今日はやっぱりやめておこうか」

 「いえ、眼、眼がさめました」

 カンナは頬を叩き、湯で顔を洗った。

 上がって、髪をタオルで拭いているとバルビィが櫛でいてくれた。

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