第153話 ディスケル=スタル

 誰も何も云わない。バルビィのカードを切る音だけがする。カンナはひきつって、笑みとも緊張ともなんともいえない表情をするのがやっとだった。


 「みんな!」

 ギロアの凛とした声にカンナがびくりと肩をふるわせる。


 「聞いてちょうだい。この子が、ダール・デリナと相討ちを演じたカンナよ。大したものだと思わない? たとえ、黒衣の参謀といえども、相手はダールよ」


 誰も、何の反応も無い。カンナは、なんでここにいるんだろ? という気持ちになった。

 「ま、座ってちょうだい。話があるの。……マウーラ」

 「はっ」

 「カンナに飲み物を。お茶をれてちょうだい、わたしにもね」

 「かしこまりました」


 カンナが、用意された卓へ差し向かいでギロアと座る。隣の卓ではまだバルヴィがカードを切っていたが、葉巻は消した。シロンは無表情のままギロアの後ろに立ち、ヴィーグスは変わらず床へ座りこんだままグッ、グッ、グッと低く笑っている。いや、笑っているのか呻いているのかもわからない。その澱んだ眼が、上目でカンナをずっととらえていた。


 (いやあ……居づらいなあ……)

 カンナは変な汗が出てきた。メガネがずれてくる。


 やがて湯が沸き、良い香りがしてお茶が運ばれてきた。茶は連合王国時代によくホールン川を越えて輸入されていたが、いまは交易が途絶え、ラズィンバーグで細々と栽培しているため超高級品だった。しかも、茶器は見たことも無い形と装飾をしていた。


 「これは私の生まれ故郷、ディスケル=スタルのお茶と茶器よ。きれいでしょ?」

 「ディスケ……?」

 聴いたことも無い国だった。いや、国の名前なのか? それとも都市の名か?

 「まさか……竜の……」

 「そうよ」


 流麗な仕草で、ギロアが小さなカップに茶を注ぐ。これは、カンナは初めて見たが、陶器ではなく磁器だ。草花の紋様も見事だった。茶も、紅茶と異なる不思議なフルーティーな香りがした。色も薄く、淡い黄金色だった。


 「さ、どうぞ」


 出された小さなカップが、あまりに美しい色と香りだったので、カンナは引きこまれ、思わずなんの疑いもなく口にした。衝撃的なまでの旨味と芳香に、口を手で抑える。飲んだあとの、自分の息までが鼻に抜けて爽快だった。


 「美味しいでしょう? ねえ、カンナ。竜属の世界なんて……こっちじゃ、まるで人間が竜の餌にされているように語られてるんでしょう? そんな土地で、こんな美味しいお茶が飲めると思う? こっちとはそりゃ文化も習慣もちがうけど、竜と人は、共存共栄できるのよ。だって、神話の時代はそうだったじゃない。ウガマールで習わなかった?」


 「た、たしかに……それは……そうかもですけど……」

 それはしかし、何千年も前の話ではなかったか。

 「ま、急に云われても実感わかないわよね。話をかえましょ」

 ギロアがお茶のお代わりをれる。

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