第122話 出港
「冗談じゃねえぞ、リネット。七日も待ったら、北風にかわっちまうわ。これ以上遅れたら大損だし、スターラじゃ、みんなこの荷物を待ってるんだぞ。冬が越せなくなっちまう」
「船長」
いかにも海の男という、日と潮に灼けつくした風貌の、小柄だががっしりとした中年が現れた。額が広く禿げあがり、そのかわりぼうぼうに伸びた黒髭が潮風を受けている。
「だけど船長」
「リネット、おそらくこれが最後の便だ。分かるな」
「わかるけど、沈んでしまったら同じだよ」
「そこを沈まないように進めるのがお前の仕事だろう。ちがうか?」
「沈まないためには、出ないことさ」
「リネット……お前、何年船に乗っている」
「……七つからだから、十年目かな」
「おれは十五から四十年だ。ひたすらウガマールとベルガンを往復している。この時期の嵐は確かに珍しいが、嵐の規模としてはこれくらいは経験がある。スターラの代官の命令もある。明日の朝まで様子を見て、風が強まってなかったら、出てみようじゃないか。どうだ」
「まあ、船長がそう云うのなら……」
リネットはあっさりと承諾し、笑みを浮かべてその場を去った。
アーリーはすかさず船長へ多めに金を払い、三人分の乗船枠を買った。カンナは、マレッティの顔が見たことも無いほどに青ざめているのに気がついた。
翌朝。風はややおさまっているように感じられた。リーディアリード港湾事務所の役人は引き留めたが、出港の判断及び責任は船長だ。ウガマールから人と主に食料を運ぶ貨客船タータンカ号は、暗雲と強風の中を北へ向けて帆を張った。
4
いざ出港すると、案の定、船は揺れに揺れた。全長約三百三十キュルト(約三三メートル)、全幅は約九十キュルト(約九メートル)のやや細長い高速貨客船であるタータンカ号は貨物が主で、乗員が百二十人に対し乗客は三十人ほどだった。喫水が浅く速度が出る代わりに、安定性に欠け横波に弱かった。
薄暗い船室でみな船酔いに苦しんでいた。金を惜しまず特等室を陣取った三人であったが、カンナも胃の中のものを全てトイレへ吐きつけて横になり、唸り続けるだけだった。マレッティに到っては死んだように眼をむいている。船酔いもさることながら、マレッティは異様なほど何かに怯え、毛布をひっかぶって震えていた。
さすがにカンナが声をかける。
「マレッティ、ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょお!!」
とでも返って来るかと思ったが、マレッティはそんな余裕も無くカンナの腕を握りしめた。カンナは驚いて、マレッティの肩をさすってやった。子供のように怯え、震えていた。
(何があったんだろう……)
思わずにはいられない。
アーリーはさすが、微動だにせず床板に座りこみ、
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