第64話 見張り台の上

 「……いや、まあ……うん、ま、そういうことなら……まあ、そうだな……素直にもらっておこうか、な。……うん……ま、そういうことならな」


 アートはカンナの後ろに下がった。カンナがアートとクィーカを振り返る。


 「ごめん……うそついて。楽しかったし……とってもためになった。ありがと。また、会えるわ。会いに行くから。クィーカ、じゃあね」


 「ふご……」

 クィーカは涙を溜めて、カンナを見送った。



 5


 その、二日後の同じく夕刻の時間帯であった。


 連日の快晴が続き、夕日が都市を囲む城壁の西側を赤銅色に染め上げていた。平均して高さ三百キュルト(約三十メートル)にもなるサラティス城壁の頂上には、今はあまり使われていない、二十四基の見張り台があった。城壁の上には連絡通路があって、各々の見張り台はつながっていた。長く放置されて痛んでおり、滅多に見張り台へ登る者は無かった。


 その台のひとつに、アートがいた。石畳の床へ座り込んで、夕日をみつめていた。

 そこへ、台へつながる乙字の石階段を登ってきた者がいた。


 アートは振り返らなかった。誰が来たのか分かっていた。アートはその人物とここで待ち合わせをしていた。


 「よお、直に会うのは久しぶりだな」

 「そうだな」


 抑揚の無いアルトの声で答えたのは、アーリーだった。夕日を全身に受け、仁王立ちで赤く輝いていた。


 「いったい、どういうわけで、わざわざ呼び出したんだ? 頼まれたことは、最大限努力したつもりだがね」


 「直接、礼が云いたかった。有難う。今回はよくやってくれた。カンナを護り、よく導いてくれた。やはり彼女は『バスクス』で間違いない」


  アートはほろ苦く笑った。夕日の中を、竜ではなく本当のカラスが群れで飛んでいる。


 「さあねえ。バスクスなのかどうなのか……可能性が可能性だから、きっとそうなんだろうけどな。俺は何もしていない。全て彼女の自分の力だ。俺なんか、何の役にもたっていない」


 「謙遜だな」

 アーリーが珍しく笑みを浮かべる。


 「カルマに匹敵する力を持ちながら、バスクスを導く宿命にあるバスク。それがおまえだ。だから可能性は少ない……世界を救うのがおまえの運命ではないからな。ウガマール奥院宮の教導騎士、アートゥイコロヌプリペッよ」


 アートは初めて仁王立ちのアーリーを見上げた。


 「おいおい! 頼むよ。こんなところで、そうあっさりと本名を云わないでくれるかな、アリナヴィェールチィさんよ」


 アーリーが苦笑し、アートの隣へどっかと腰を下ろした。

 「意識の低い意趣返しだな」

 「おまえが云うな」

 二人は改めて拳を軽く打ち合った。

 「私はダメだな。気ばかり焦って」

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