第48話 湯屋

 「どっちにしろ、ガリアは頭で考えてもだめだな。心から出るものだから、感じないと。ガリアは、感じるもんだ。何か、感じるだろ? 自分の黒い剣に……その、雷紋黒曜らいもんこくよう……共鳴剣きょうめいけんに。それに……矛盾するようだが、ガリアは遣うものじゃない。道具や武器のように見えるけど、道具でも武器でもない。自分の一部だよ。身体と精神の一部なんだ。自分の手足を遣うのと、その手で道具を遣うのとは、おのずと異なる」


 「……良く分かんない」


 「ま、金はあるから、しばらく休もうぜ。本当は一年くらい休んでたっていいくらいだ。つつましく暮らしてくのなら、これだけあれば余裕だ」


 「やすんでちゃだーめーでーすー。ふごっ……!!」


 「分かってるよ……。数日たったら、また仕事をしよう。退治のな。それまで、ゆっくりガリアをみつめなおしなよ」


 アートはそう云うと、コーヒーのお代わりを飲みながら本を読み始めた。クィーカもアートに字を教えてもらっており、読書が好きだった。カンナは、本を読むのは嫌いだった。


 「散歩行ってくる」

 カンナは家を出ようと立った。


 「気晴らしなら、湯屋にでも行ったどうだ。湖の近くに、バスク専用の湯屋があるぞ。情報交換もできる」


 ドキリとして、一瞬考えるも、そういやカルマには専用の風呂があったのを思い出し、よもや鉢合わせはしないだろうと思ったので、そうさせてもらうことにした。


 カンナは湯代を持ち、家を出た。



 サランの森の中に、城壁内部に取り残された深く小さな湖がある。生活用水として使われた時代もあったが、いまは使用を禁じられている。森の中には多段式の石造り浄化槽が設置され、都市の生活排水をできるだけ浄化して森へ流している。


 飲み水は、都市創設のころより数千キュルトの地下より清水を組み上げ、水道として使っている。湯屋の水も、豊富な地下水を利用していた。ここは、とにかく水だけは大量にあるため、古来より難攻不落の城砦都市だった。


 数日前、カルマと勝手に決別した森の前の草原を通り、城壁近くの建物に近づいた。罐からの煙が常に煙突より立ちのぼっている。サラティスの銭湯は、全て交易で運ばれてくる北方の石炭を使っていた。城壁内の木々を伐採することは固く禁じられている。都市の周囲は森まで遠く危険で、柴ならまだしも、薪も石炭も値段は余り変わらず、石炭の方が熱量が高く経済的だった。


 湯代はカスタ金貨の千分の一の価値を持つネルト銅貨が十枚、つまり十ネルト。高いか安いかというと、かなり安い。バスクの特権の一つだった。水は豊富だが石炭が貴重なので、市民は五十から七十ネルトを払っている。


 ちなみに、サラティスでは銀貨が無い。半カスタ(五百ネルト)金貨と、そのさらに半分の小カスタ(二百五十ネルト)金貨が銀貨の代わりをしている。二百五十ネルトまでは、五十ネルトの価値がある銅の棒銭を利用していた。食料品など物価の値段も高めだが、何せバスクたちが湯水のように消費するので、意外に都市住民の収入は高い。そして高い税として政府に回収される。主経済が完全に竜退治で回っており、サラティスが「バスクの街」と呼ばれる所以の一つである。

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