第151話 疑念

三人が壇上から消え、クウヤと学園長とハウスフォーファーだけが取り残された。


 学園長は咳払いし、クウヤに向き合った。


「……行ったな。さて、つぎはクウヤ、お前の番だ」


 学園長は顎に手を当て、考える素振りをする。


「とはいうものの、お前さんはすでに魔戦士の試練を受けておるからの。別のものを用意してある」


 学園長はクウヤの前を歩き、話し続ける。


「別のもの……ですか?」


 クウヤは学園長の意図が分からず、聞き返した。


「ああ、そうじゃ。お前さんにはもっと別な試練……試練と言っておこうか……とにかく、そういうことじゃ」


 学園長は謎めいた曖昧な笑みを浮かべる。


「別な試練……ですか?」


 学園長の言葉の意味がつかめないクウヤはただ戸惑い聞き返すだけだった。


「戸惑うのも最もじゃが、ま、そんなに難しく考えることはない……」


 何故か学園長は目を伏せ、少しの間押し黙った。


「……ちょっとした茶番をガマンしてもらうだけじゃ」


「茶番……ですか? どういうことでしょう?」


「細かいことは気にするな。すぐにわかる」


 学園長はクウヤの疑問には答えなかった。訝しがるクウヤをよそに、学園長は機械のようなものを捜査している。


「くだらん前置きはさておき、お前さんには新たな試練……試練のようなものじゃな……に挑戦してもらう。おそらくはこれが最後の試練じゃろう……そのはずじゃ、これを超えてこそ、大魔皇帝を完全に克服できるはずじゃ……そう期待しておる」


 学園長は奥歯に物が挟まったような物言いにクウヤはさらに訝しがる。今までの学園長ならばそんな言い回しを使うことはなかった。


「……えらく推測が多いような気がしますが? 何か未知の不確定要素でも?」


 じっと疑う目で見るクウヤに抗しきれず、学園長は苦笑いを浮かべる。


「ああ、お前さんの指摘は正しい。正直な話、もう事態が儂や、マグナラクシアの想定を超えてしまって制御不能になりつつある。面倒をかけるの……すまん」


 学園長はクウヤに軽く謝罪する。クウヤはそこまで事態が悪化していたのかと愕然とする。この場所に来るまでは、学園長や学園長率いるマグナラクシアの諜報組織が裏で動き、クウヤたちのカバーをしてくれるものと思っていた。しかし、学園長からの話を聞けばそんな援助は期待できないとしか思えなかった。


「で……丸投げと……?」


 クウヤの口から嫌味もでてしまう。クウヤとて万能ではない。この世界の全てを背負って問題を解決できるほどの力はない――思わずにじみ出るクウヤの本音に学園長は眉をひそめる。


「その点はすまないと思っておる。じゃが、もう儂らやマグナラクシアの古い連中の役割を終えねばならない時期にきているようじゃ。もう旧態依然とした古株はこの世界の第一線から退場する時期が来たのかもしれん。だからこそじゃ、クウヤ。お主のような若者がこの世界を背負って、やり直さねばならん」


 学園長の「若者」という言葉にクウヤは思わず吹きだす。それはそのはず、クウヤは転生者で転生前はすでに中年だったからだ。転生したからこそ、その身体は若返ったものの、中身はすでに若者ではない。そのことを自覚しているクウヤだからこそ、吹き出さずにはいられなかった。


「中身はおっさんですよ、俺は」


 だからこそ、こんなセリフも出てしまう。クウヤは学園長の願いを否定しているわけではないが、だからといって、丸投げされても困るという気持ちが現れていた。


「まあ、そう言うな。この世界はやり直さねばならぬ。そのためのきっかけを作ることができる力を持つのはお前さんたちなんじゃ」


 苦笑しながら、学園長はクウヤをなだめ、はげます。


「特にお前さんはこの世界のことわりには束縛されていない異世界人じゃ。この世界がやり直す薬みたいなものなんじゃよ。若者の持つ無軌道な若さをもつ身体と、年老いたものが持つ老練な精神をあわせもつお前さんしか、この世界を新しい段階へ導くことは難しいじゃろうて」


 学園長は一瞬まぶしそうにクウヤを見る。


「薬とか言われても……この世界をどうこうするなんて考えは持ってないですよ」


 学園長の話に困惑するクウヤ。困惑するクウヤを無視するように学園長はとにかくクウヤをせかす。


 クウヤはただ困り顔をするだけで、学園長の意図を図ることはできなかった。


「とにかく、お前さんも試練を受けてもらうぞ。もう時間がないのじゃ」

 強引な学園長の態度にクウヤは折れるしかなった。

 

「……わかりました。わかりました、受けましょう。受ければいいんでしょう」


 半ば自棄になり、クウヤは承諾する。


「なら、前のときと同じように像の前に立つのじゃ。後は……お前さんに説明は不要じゃな」


 像の前に立つクウヤ。


 学園長が何かぼそぼそと詠唱を始める。すると像が低い唸り声のような音を出し始めた。


 同時にクウヤは光に包まれ、やがて消えていった。


「行きよったか……」


 学園長はクウヤの消えた場所を感慨深げに見つめている。


「これで最後になるんですね」


 学園長の傍らにいたハウスフォーファーが学園長をいたわるように声をかける。


「ああ。これで延々と繰り返してきた我々と大魔皇帝との因縁も終わる。そう信じようではないか」


 学園長は大役を勤め上げたような晴れ晴れとした顔でハウスフォーファーに答える。ハウスフォーファーも学園長の言葉にうなづく。


「彼らが最後の希望ですからね……」


 ハウスフォーファーは感慨深げに像を見つめ、つづける。


「何度送り出しても後味が悪いですね、学園長」


 ハウスフォーファーは学園長に話かける。


「ああ、じゃが本当にこれで最後じゃ。もう我らには以後、打つ手はないのじゃからな」


 学園長は感慨深げに心境を吐露する。


「そうですね……」


 ハウスフォーファーも同意し、誰もいなくなった像の前をぼんやりと見つめていた。


――――☆――――☆――――


 クウヤは前のように虚空を彷徨さまよっていた。


「最後の試練と言われたが……前と変わってないな」


 依然受けた試練の時のようにしばらく揺蕩たゆたう。暗黒の虚空の中で上昇しているのか、下降しているのか、それとも横へ流されているのか全く分からない。クウヤはただ浮遊するだけだった。


 どれだけの時間が経ったのか、クウヤにはすでに皆目見当がつかなくなっていた。クウヤにしてみれば一秒が一年で、一年が一秒ののような不可思議な感覚を覚えていた。


 ふと気が付くと目の前にわずかな光が見えてくる。


「前と同じ……か?」


 クウヤはどんどん光に近づく。近づくととある光景がだんだんと見えてくる。


「どこかで見たことあるような……学園長?」


 雰囲気や顔かたちは学園長にも見えたが学園長にしては年若く、見た目働きざかりといった感じの男性が目の前にぼんやりと浮かび上がってきた。今の学園長ように年老い枯れた感じはなく、内側から湧き上がる意欲があふれていた。


 その他にも人影が見える。学園長と思しき人物は他の人間に指示を出している。何かの責任者なのだろうか、資料片手にてきぱきと指示を出している。


「そこにいるのは誰かな?」


 その男はクウヤに問いかける。


「見えるのですか?」


 クウヤは驚く。前の時はクウヤから向こうの姿は見えても、向こうからクウヤの姿は見えていなかったからだ。


「ああ。いきなりそんなところへ現れるから、かなり驚いたぞ」


「すいません」


 クウヤは恐縮する。クウヤの様子を見ていた学園長風の男は大きくため息をついた。


「ま、いい。それで君は何者なんだ? いきなりこんなところへ現れるところからすると普通の人間ではあるまい」


 クウヤはとある国で自分の力を強化するための試練を受けるためにここへ飛ぼされたと説明した。ただ、すべてを説明せず、目の前の学園長風の男性の反応を見ていた。


 目の前の学園長は怪訝な表情を浮かべるだけだった。


「……仮に君の話を事実としようか。とすれば、君はどこか別の時空間からきたことになる。そんな話をにわかには信じられない」 


 クウヤは黙り込むしかなかった。何をどういう形で説明すればいいのか判断できず、考え込んでしまう。


「とはいえ、何か悪さをしにきたわけでもなさそうだ。もう少し話くらいは聞こう」


 目の前の男性はクウヤの困った姿に何かを感じたのか、助け舟を出す。


 クウヤは仕方なく自分が大魔皇帝と闘う力を得るため、飛ばされてきたことを説明する。


 その男性は静かにクウヤの説明を聞いている。


「……なるほど。とすると、君がここに来る前にいた時空間では『大魔皇帝』なる強大な敵が存在してそれを打ち倒すための力を得るためにここへ来たということかな?」


 男性はクウヤの話を繰り返す。クウヤはうなずき、男性の様子をうかがう。男性は眉をひそめ、何かに対し嫌悪感を示している。そのまま、やや俯き考え込む。


 クウヤはクウヤで男性の言葉に引っかかりを感じた。


(『大魔皇帝』なる強大な敵……? この人は大魔皇帝の存在を知らないのか……?)


 クウヤからすると、目の前の人物が学園長ならば、大魔皇帝を知らないはずはない。しかし彼の言葉には『大魔皇帝』というものに思い当たるふしがないような口ぶりだった。見た目や雰囲気の様子は学園長であり、そのことがクウヤを混乱させる。


「……その『大魔皇帝』は君の世界で何をしたんだい?」


 おもむろにその男はクウヤに尋ねた。


「大魔皇帝は人間を根絶やしにするべく魔手を伸ばしています」


 クウヤは端的に答えた。


「そうか……何故大魔皇帝はそんなことを?」


 男は特に感情を示さず、クウヤに聞き返す。


 クウヤは今まで見聞きしてきた、大魔皇帝の情報を男に話した。元々は人間の奴隷として造られた存在だったこと、同族に対する扱いに異議を唱えるために反乱を起こし、ついに大魔戦争と呼ばれる戦乱を引き起こしたことなど、とにかくクウヤが知りうる情報を男へ伝えた。


「なるほど、そうなると……大魔皇帝にもそれなりの理由があるんだな。しかし、それだと単純に大魔皇帝を排除することが正しいとは言えない」


 男の考えは正しい。クウヤもそのことは理解していた。大魔皇帝が人を憎み、人を根絶やしにするためにその力をふるうことになったのは――人の理不尽な扱いのせいだ。


 人が魔族に理不尽極まりない扱いをしなかったならば、おそらくは大魔皇帝も人に対して反旗を翻すことはなかったであろう。


「……」


 クウヤはだまり、男を見据えている。


「大魔皇帝なるものの立場からすれば、本当に憎むべきはどちらだろうね?」


 男は追い打ちをかけるように畳み掛ける。


「大魔皇帝の立場なら、人の絶滅を意図することも正しい選択ではないのかね?」


 クウヤはその質問にすぐ答えられる回答を持っていない。


「……君にとって正義とは何だい? さぁ、答えたまえ……」


 男の語り口調は静かで落ち着いたものだった。しかし問うている内容は口調とは正反対のものだった。


「俺は……俺は……」


 クウヤは額に脂汗をにじませ、頭をフル回転させる。彼が今まで見聞きしてきたものが高速で脳裏をよぎる。


 それは転生前の光景もあった。


 人の残虐性を示すようなクウヤに対するいじめ。クウヤが大切に守ろうとした何の罪もない小さな命。そんなささやかなモノさえ、ひと時のくだらない快感のために無残に消された過去。


 その事実はクウヤが人に絶望するのに十分な力があった。


「君も人に対する憎しみや恨みを抱えているのでは? それでも人の側に立つのかい?」


 その男の言葉はどこかしら甘美な匂いがした。その匂いに負けて人を悪と断罪する誘惑にかられる。


 それでもクウヤは人を憎み切れなかった。大魔皇帝が憎んだようには人を憎めなかった。


「……俺は、俺の力は……人を守るためにある。 ……そうだ、魔戦士は人を守る力だ。人を守るために魔戦士、俺はいるんだ!」


 クウヤは心の底に芽生えた迷いを払拭するように叫んだ。

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