第136話 夜郎自大の国
リゾソレニアの港にルーたちは到着した。ゆっくりと船は着岸し、すぐに荷降ろしが始まる。荷役の人足が蟻のように荷を運ぶ。人足のほとんどは人ではない。獣人、竜人など人に何か余計な特徴を持った人足であった。そのどれもが足かせまたは首輪をつけており、奴隷のように見える。
ルーたちはそんな光景に唾棄したい気分にさせられる。カウティカは表向き奴隷売買はしておらず、奴隷階級そのものも否定していた。そういう雰囲気で育ったためか、奴隷制に関してルーたちはいい感情を持っていなかった。
ルーたちにとって唾棄すべき社会制度が平然とまかり通るこのリゾソレニアと言う国に対し嫌悪感を抱くのに時間は必要なかった。
そんな光景以上にルーたちは港の建物に驚かされる。港を囲む建物群もルーたちの感情を波立たせるものだった。
……悪い意味で。
リゾソレニアの港はこの国の数少ない海外へ開かれた出入り口であり、港の規模は過剰なほど大きい。また、べリタ教の威光を示すべく、装飾過剰な巨大礼拝所を始めとする華美な宗教関連施設が港を囲いこむように立ち並んでいた。
それらの施設はこの国を訪れる来訪者を威嚇しているとさえ思えるほどの華美さであった。
その様は一言、醜悪と表現する以外にはなかった。
醜悪な建物群や奴隷のような存在に見てみぬふりをして、エヴァンは話をはじめる。一言でも言及すれば徹底的にけなさないと気がすまなくなるからであった。
「やっと上陸かよ。退屈だったぁ」
エヴァンは思い切り伸びをしながら下船する。
「それでも、割と快適だったよね? 魔物の襲撃もほとんどなかったし」
ヒルデは特に大きな問題もなく港についたことを喜ぶ。
「そうだねぇ、ま、狭い船内に閉じ込められた割には飯は上手かったしな。時化にも遭わずにすんだし、平穏っちゃ平穏だったな」
エヴァンはヒルデに同調する。そんな二人にルーは呆れ顔だ。
「……能天気ね、二人とも。あんなことがあったのによく平穏無事なんて言えるわね」
ルーもリゾソレニアについては言及しなかった。しかしルーはリゾソレニアについての話題を除いても不満顔だった。タナトスの密航事件がよほど腹にすえかねているらしく、未だに怒りを隠さなかった。
「そう言うなって。そっちの方は先生が何とかしてくれたんだから。先生がいなかったらどうなっていたかわからなかったしね」
エヴァンはルーをそう言ってなだめる。ハウスフォーファーが手を回し、タナトスを別の人物に仕立てることで正規の乗船客とすることでことをおさめた。エヴァンはそんなことをいとも簡単にやってのける彼に尊敬の念を持っていたがルーにとっては警戒感を抱かせるだけだった。
「……その『先生』は、胡散臭くて信用ならないのよね。あの人、本当に何者なのかしら?」
ルーはハウスフォーファーに対する不信感をあからさまにする。エヴァンは苦笑いして、ルーの話を聞く以外なかった。
ハウスフォーファーとタナトスは下船してすぐルーたちと別れ、どこかへ立ち去っていた。当人がこの場にいないこともあってか、ルーの毒舌は遠慮ない。
「あの人、先生って言っているけれど、本当は裏で暗躍するどこかの国の工作員とかじゃないの? あまりにも手際が良すぎるわ。だからあんな人は信用ならないのよ」
実際のところ、ルーの想像は当たらずといえども遠からずであった。ただそのことは当人たちにはわからない。
「……いいけどさぁ、とりあえず俺の顔に免じてそのぐらいにしてくれないか。先生の正体がどうであれ、俺の恩師ということには間違いないんだし」
さすがのエヴァンもルーの毒舌に付き合いきれず、音を上げる。
「そうよ、るーちゃん……。エヴァンくんの恩師なんだから、そのぐらいにしてあげて。お願い」
若干目をうるませ、両手をあわせてお願いするヒルデ。さすがのルーでもこのヒルデのお願いにはかなわない。
「……わかったわよ。このぐらいにしておくわ。そんなことよりこの国の代表に会いに行きましょう」
二対一で分が悪くなったルーは話題をサッと変える。
「ま、唯一の救いはあの人たちと行動を共にしなくていいってことね」
ルーは自分に言い聞かせるようにつぶやき、リゾソレニアの中枢へ向けて歩き出した。
――☆――☆――
ルーたちは圧倒され、立ち止まった。
ルーたちの眼前には来るものすべてを威圧する壮麗な建物がある。リゾソレニアの中枢、
しばらくその建物を見上げていた。
ルーたちは水晶宮へ立ち入ろう歩き出す。
「何者だ! この場所をどこと考えているのか。神聖リゾソレニアの中枢にして、最も神聖な場所である。部外者は許可なく立ち入るな」
水晶宮の入り口の衛兵たちがルーたちを尊大な態度で行く手を塞ぐ。
ルーは手なれた外交的振る舞いで身分を明かす。
「カウティカ連合共和国代表が第三公女ルーシディティ・プラバス=ネゴティアです。ディノブリオン上皇猊下の御召しにより参上いたしました。猊下にお取り次ぎ願います」
ルーは優雅な一礼をし、反応を待つ。
衛兵は上皇の名前がでた途端、態度が急変する。
「失礼しました!」
衛兵は急に態度を翻し、慌てふためく。ルーはその姿に内心笑みを浮かべていた。衛兵の一人は慌てて、水晶宮へ駆け込んだ。
結果、ルーたちは水晶宮入り口でしばらく待たされることとなった。
「本当、この手合は扱いやすいわね」
ルーは腕を組み、ほくそ笑む。慌てて、ヒルデが注意する。
「るーちゃん……そういうことは思っても口に出さないほうがいいと思うよ」
しばらく待つと、水晶宮から衛兵が出てきた。衛兵は異常なほどこちらに気を使ったかしこまった態度になり、卑屈さをかんじさせるほどだった。
「お、お待たせして大変申し訳ありません。猊下のところまでご案内いたしますので、こちらへどうぞ……」
水晶宮の通路を衛兵に先導され進むルーたち。エヴァンは見るもの見るもの珍しく、あちらこちらを見て田舎者丸出しだった。
「……まったく、エヴァン。恥ずかしいからやめて」
ルーは最初そんなエヴァンの行為が恥ずかしく、やめさせようとした。しかしまったく改まる様子がないので面倒になって放置する。
「猊下、ルーシディティ様一行がお越しくださいました」
とある扉の前でルー一行を待たせる。
「入れ」
部屋の中から声が聞こえ、衛兵は扉を開ける。
「リゾソレニアへよく来た。ワシがディノブリオンである。見知りおけ」
部屋の奥には尊大な態度でディノブリオンがルーたちを迎え入れた。
「上皇猊下に置かれましてご機嫌うるわしゅう。カウティカ連合共和国代表が第三公女ルーシディティ・プラバス=ネゴティアです。猊下の御尊顔に拝謁できる機会を賜り、歓喜に絶えません」
「うむ、遠路はるばるご苦労」
ルーが型通りの外交的儀礼を済ませたがディノブリオンはさして興味関心を示さない。
「早速、用件を伝えよう。依頼の内容は連絡したとおりだ。一応、リゾソレニア国内の通行を許可する許可証を出すよう近習に伝えてある。後で受け取れ。それから――」
ディノブリオンは言葉を切って、ルーたち一行に刺すような視線を送る。
「――ことを速やかに終わらせ、早々に退去せよ。この聖なる地に化外の者は不要である」
ルーは外交的笑みを絶やすことはなかった。しかし、ディノブリオンに見えないよう拳を固く握り、怒りをコントロールしていた。
「いち早く聖なるこの国土を穢す不埒な輩をいち早く排除するよう期待する」
と言うことを言うと、ルーたちを追い払う。納得のいかないルーたちではあったが、外交が絡むため、その不快感を極力表に出さず耐えた。
「皆様こちらへどうぞ」
ディノブリオンの近習と思われる僧侶がルーたちに声をかけた。怒り冷めやらぬルーではあったが近習に怒りをぶつけても何も解決しないため黙って近習についていった。
近習に案内され、会議室のような広間に入る。
室内には大きなテーブルとその周りに椅子が並べてある。
近習がまず席に座りその向かいにルーたちが座った。
近習はテーブルの上にいぶし銀色の丸い板を取り出す。その板には技巧をこらした紋様が刻まれており、鈍い金属光沢が存在感を強めていた。
「これが国内通行許可証です。これがあれば我が国の保護国との行き来も自由です。肌身離さず携帯し、係員が求めたときには必ず提示してください」
ルーは許可証を受け取る。
「この許可証を見せると宿が安くなるとかそういうことはあるの?」
何気なくエヴァンが近習に聞くと近習は露骨に嫌悪感を露わにする。
「……そのような下賤な機能はありません。しかし神聖な国内を移動する際、関所などを自由に通行できます。そのような破格の権利を与えます。それ以上は必要ないでしょう。どうせすぐ立ち去るのだから」
近習は真顔で言い切った。
すでにリゾソレニアは上皇の庭と化しており、上皇の許可なく外国人が活動することはできなかった。許可があっても当然活動には制限をうけ、何らかの監視がなされることになるが、上皇の許可が無いままリゾソレニアを移動する危険に比べれば最低限の便宜は図られるので遥かにマシだった。
とはいうものの全てにおいて明らかにルーたちを見下し、ぞんざいに扱っていた。ルーはリゾソレニア側の対応がぞんざい過ぎて怒りを通り越し呆れに達していた。ルーはこの先どんな扱いをされても何の感情もわかないように思えた。
「国内の移動の自由は認めますが何らかの騒動などが起きても当局は関知しません。全てそちらの責任で処理してください。当然、経費などの負担もそちらで処理してください。当局では一切負担しません」
ルーはリゾソレニアの対応に何も感じなくなっていた。どうにでもなれと投げやりな気分になる。
「言わずもがなですが、ことが済み次第我が国の領域から退去するようお願いします。このことは特に念を押しておきます。神聖な我がリゾソレニアの国土には化外の輩は不要なので」
ディノブリオンとまったく同じセリフが出てきたのを聞いて、ルーたちは上から下までこの国はダメだと思った。
大魔皇帝の脅威が迫り、世界各国が一致協力して対抗しなければならない状況で一貫した排外主義を見せつけられルーは当惑するしかなかった。
「ちょ……ちょっと待ってください。今この国が置かれている状況がわかっているですか?」
「当然です。賢くもディノブリオン上皇猊下は大魔皇帝一派などと詐称する反乱分子と交渉し、我が国の安全は保証されています」
ルーはあまりにも自分たちの認識との差を感じた。大魔皇帝が復活し、魔物の大規模な襲撃を受けているにもかかわらず、そのことは意識にない。自分たちの置かれた状況を認識できていない。
あまりにも大きな認識の差に近習へ質問せざるを得なかった。しかし近習の答を聞いて、ルーはますますリゾソレニアが異質で危険な自尊感情を育ててしまっていることに愕然とする。
近習は確信を持って断言する。
「上皇猊下御自ら動かれたのですからその結果は自ずと正しいものとなるものです。そして神聖リゾソレニアはこの世界で最も優れた国として未来永劫繁栄の道を歩みます」
その答にルーは二の句がつげなかった。近習は追い打ちをかけるように更に続ける。
「さらに無知蒙昧な帝国や連合共和国や亜人どもの保護国などを啓蒙し、世界の中心として存在しつづけると確信しています」
自国が世界で一番の国で他の国は取るに足らない下賎の国という意識がトップのディノブリオンから末端の僧侶まで染み付いている事実にルーたちは暗澹たる気持ちになった。
大魔皇帝が復活し、その脅威を直接受けているはずの国が上から下まで自国第一主義に陥り、現実を直視しないという姿をつぶさに見て救われない気持ちになる。
ルーはわからなくなっていた。こんな身の程知らずな国のために無駄な時間を使わないといけないのか、その意味を見いだせなかった。
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